離され島冒険記第二部「大陸へ」3-7.

離され島冒険記第二部「大陸へ」

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リョウは右上隅に手を入れた。初手の斜め左下に石を置いたのだ。この手により、ここでの戦いは二対一になった。小心者の僕だったらせめて二対二にしたいと考えて、すぐ受けてしまうところだ。だがクレは軽く手を抜いて僕らから見て左下隅の石に掛かっていった。その手に対してケンもあっさり手を抜いて、先ほどの右上隅を制すべく更に手を入れた。流石のクレも先の石から一つ明けた場所に石を置いて対処した。これ以上囲まれたら右上隅全体がケンのものとなってしまうからだ。するとケンは、右上と右下の中間に石を置いた。元からある右上隅の石から見れば開いて辺の陣地を確保、そして、一対一の状態にあった右下隅の戦いに援軍を送るという一石二鳥の形となった。右下隅のクレの石は、やや遠くから挟まれたため、このまま何もしないでいるとケンの石に囲われてしまうことになる。

「この戦い、ケンが先手を取っている」

僕はすぐ後ろにいるリキに小声で話しかけた。

「それはケンが優位に戦いを進めているってことなのか?」

白黒勝負はお互いの石を獲り合いつつ、陣地を囲う勝負だ。通常は力のない者が先手となり、より強い方が後手として追いかけていく。これまで見てきたリキの勝負では、後手のクレが序盤の内に相手の石を軽く制してしまい、それ以後は一方的に展開を進める側になっていた。この鉄炉において、クレの力が抜きんでていることの証明だった。しかし、先ほどからケンが打つ手をクレが受けている。つまり例え序盤とは言え、初めて白黒勝負をするケンがクレに追い付かれることなく先に手を進めているということだ。これは驚くべきことだった。僕は目の前で行われていることをにわかに信じることができなかった。そうこう考えている内に手が進んだ。クレが右下に手を入れてゆったりと白石を囲いだし、対してケンは相手の石に石をつけて挑発した。クレはケンの石と石に割り込み、ケンもまた、クレの石の間に割り込んだ。これまで遠回りに相手の様子を伺っていた二人が、ついに戦いを始めた。剣を交えだしたのだ。クレは自身の石を繋ぎケンも同様にした。すかさずクレが繋がり切れていないケンの白石を切って、離れ離れにした。切られた石をすかさず伸びて獲られないようにするケン。これで右下は互いに切り合い一つずつ。互角の戦いに見える。二人はそのまま手を進めていく。右下隅でどちらもが少しの陣地を持って収まりそうな雰囲気が出てきた。周囲の誰もがそう感じた時、ケンが予め援軍として放っていた右上と右下の間の石が効いていることに僕は気が付いた。この石のお陰でクレの黒石は広さを確保することが難しく、小さく生きなければならなくなっているのだ。とは言え、クレも流石である。生きを図る手でありながらきっちりとケンの弱点をついてくる。

「面白い」

自分達の命を心配するならば、本来はケンだけを応援しなければならない。けれども僕の気持ちは既に、二人の力量を純粋に楽しむ心境になってしまっていた。

「面白がってちゃだめだろう、リョウ。どうなんだよ、ケンは勝てそうなのか?」

リキが心配して訊いてくる。

「うん、ここでクレが小さく生きると共にわずかに先に陣地を得ることになると思う。けれど、次の大きな場所に先着するのはケンだよ。やはり彼が展開を進めている。これは凄い勝負になりそうだ」

返事をするのがもどかしいものの、僕は答えた。リキは不思議そうにこちらを見ている。それはそうだろう。僕の心の中からは、いつの間にか命の心配が飛び去ってしまっていた。まれにみる好勝負に頬が紅潮しているのが自分でもわかっていた。

「あ!」

僕は小さく叫んだ。小さく生きを催促する手をケンが放ったからだった。ところが更に驚くことになる。続いてクレが打った手は、自らの石を囲んでいるケンの石を更に外側から囲って獲ってしまおうという手だった。確かに小さくしか生きられない上に放って置くと獲られてしまう状況とは言え、全て攻め切るには手数がかかる。そこに手を入れる間に、一見余裕があるように見える外側の石を攻めるクレの仕掛け方。それまで余裕であるかに見えたケンの白石が急に弱い石に見えだした。

「ふう」

息を吐くケンの背中にじっとりと汗が浮かび始めたのがわかった。

 

進む先にほのかに浮かぶ船の影を見つけて、ソウはほっと息をついた。同時に、テラが手にした松明を高く抱え直して、炎で円を描いた。すると船の方で灯りが瞬くのがわかった。

「ポンチョだ」

ガリがつぶやく。

「良かった」

テラがそう言って、コウとサイに笑顔を向けた。必死に早足でついて来ていた二人の姉妹は、荒い息の中でわずかに微笑んだ。ガリ、ソウ、コウ、サイ、最後にテラの順で進んで行く。ようやく船縁に立つポンチョの姿が見えた。いつも炭焼きの煙が充満している鉄炉。ついにそこを脱出したのだ。清々しい夜気の中、月と星の光が眩しく感じられる。コウとサイはこれまで見たことの無い星々に瞬きするのも忘れて、夜空を見上げていた。早く来いというように、船上のポンチョが灯りを振る。テラが手にしていた松明の火を河面に漬けて消した。そうして五人は、河岸に降ろされた橋桁を上がって行った。

「待たせたな」

ガリがポンチョに声をかけた。しかし、ポンチョは返事をしなかった。疑問に感じる間もなく、後ろで橋桁が外される音がした。異様な気配にソウがわずかに腰を落として身構えた。涼やかな風に乗って、数本の剣が鞘から抜かれる音が聞こえた。

つづく

離され島冒険記第二部「大陸へ」3-8.

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