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月明りに照らされた船上。先ほどまで強気で話していた船長が急に小さくなったように、ソウは感じていた。額に浮かぶ汗。微かに震える肩。船長の表情が見るみる強張っていくのが、誰の目にもはっきり見て取れた。リキはまずガリとポンチョの所に行った。
「よ、ご苦労さん」
リキは二人の肩をぽんぽんと叩きながら言った。ガリとポンチョは嬉しそうに何度も首を縦に振った。リキはポンチョから剣を受け取ると、今度は船長に向かってゆっくり歩きだした。そして、手にした剣の重さを試すように一振りした。鋭く強い音が風に乗って河を渡って行った。リキが一歩進むと船長が半歩下がる。追い詰められた船長の背が船縁にぶつかり、やがて二人は真正面で向き合う事となった。船長の額の汗があごに伝わり、甲板に落ちるのをソウは目にした。ソウはリキを手助けすべく、意を決して走り出した。
「よお、兄弟。無事に戻れて良かったな。待ちくたびれたぜ」
船長の言葉に、その場にいる人全員がずっこけた。
「なんだよ、俺と戦おうっていうのじゃなかったのかよ?つまらねえな」
リキは口元に笑みを作りつつ、射るような視線を船長に向かって投げかけ続けた。
「そんなわけあるかよ。なあ」
船長は薄ら笑いを浮かべつつ近くに立っている兵に同意を求めた。剣を抜いて待ち構えていた兵は苦笑いして後ろを向いてしまった。
「さて、全員揃ったのなら出発するぜ。いつまでもこんな所にいたら、鉄炉の兵達に見つかってしまうからな」
船長は様子を見守っていた船員達に出航の合図を出した。
「待てよ」
首を横に振ってリキは言った。
「まだ三人いるんだよ。奴らは戦っている最中だ。あの鉄炉でな」
リキの目は鉄炉で行われている勝負の行方を追って、河の上流を見つめるのだった。
鉄炉における盤上の戦いは、今や全面戦争となっていた。ケンとクレの打つ手は互いの隙を突きながら、上辺、左辺、そして中央と次々に展開していく。見守っているリョウ自身も呼吸をするのも忘れるほど、勝負に集中していた。苦しくなってリョウは深く息を吐き、そして、吸った。顔を上げると、周囲を丸く取り囲み、そして、崖の階段に鈴のように連なる人々が目に入った。隣同士で話をすることもなく、誰もがただ盤上を見つめている。鉄炉がこれほど静かになったことなど、かつてあったのだろうか。そう疑わざるをえないほど、目まぐるしく移り変わる状況に、人々は完全に無言となっていた。目の前で行われる勝負の水準の高さゆえに、戦う二人以外、誰一人先を読むことができないのだ。一手、また一手と勝負が進む度に、ため息だけが人々の口から漏れた。ケンの事を揶揄する人も今はいない。彼の実力はここにいる誰をも凌駕して、クレに匹敵するのだということを疑う者は一人もいなかった。そして、そのことを最も実感しているのは、対戦者本人なのだった。今、クレの表情には当初の驚きや動揺はない。自らの手に最良の回答を返してくるケンに、その都度うなずき、考え、また、次の手を打つ。その手を見てケンもまた次の石を置く。鉄炉の時間はまるで止まってしまったかのようだった。ただ時折、風に瞬く星の光と月の傾きだけが時間が経つのを知らしめ、いつかこの勝負が終わるのだという事を夜空から語りかけるのだった。そして、先ほどからずっと空を見上げているラウトだけが、星々の言葉を受け止めているのだった。
「見事だ」
ふいにクレがつぶやいた。
「どうにか」
ケンの返事には安堵の気持ちがこもっていた。上辺においてケンの生きが確定した。そもそもが丸々クレの領地となってもおかしくない場所だったのだ。ケンが得た領地はほんのわずかであるものの、周囲を囲う石と併せればそれなりの広さを有している。削られた側のクレとしては、如何ともくやしい思いであろう。勝負の流れはそのまま左辺と左下隅にも及び、全ての戦いでケンは成果を上げた。右上から右辺を通って右下まで、下辺、上辺と、左辺から左下隅をものにしたケン。対してクレは左上隅から中央にかけて大きく領地にした。個別に見ると占領した場所の数は多いケン。だが、クレが得た領地の広大さにも目を見張るものがある。細かく何箇所にも点在するケンの領地と大きくまとまるクレのそれ。加えて、ケンが先着したはずの右上隅や下辺においても、クレが残した牙の後は意外に大きい。勝負は互いの領地の境を決める終盤に差し掛かっていた。結果の予測はもう誰にもできそうにない。ここでリョウは、自分の気持ちが意外な方向に向かっていることに気が付き、ため息をついた。本来ならば、ケンには何が何でも勝ってもらわなければならないはずなのだ。しかし、目の前で繰り広げられる戦いを見続けてきたリョウにとっては、勝負の結果などはすでにどうでも良くなっていた。既にソウと女の子達は逃げおおせたと考えられる。彼らの今後のことはリキに任せておけば悪い様にはしないだろう。残る自分とケン、そしてラウトがどうなるのか。それも今や天の采配次第だ。誰とは言えない何かに任せるしかないと、リョウは秘かに感じるのだった。正気に戻ってから以後、ラウトの視線もまた夜空の星に注がれ続けていた。星々がささやく物語に耳をすませるラウトの様子に、自分と同様の感覚をリョウは見出していた。
つづく
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