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せせらぎの音。停泊中とはいえ微かに揺れる船体。煙の臭いがしない爽やかな風。剣を構える船長と兵を前にして血が躍り、興奮のために熱をもつ肌。それが河面を渡る風に冷やされて、徐々に落ち着いていくのをソウは感じていた。全てにおいて制限されていた鉄炉から僅かばかりの距離にも関わらず、今、自分は思うように動ける自由を手に入れたのだ。清々しい気分が身体を満たしていくのをソウは感じていた。ガリとポンチョが船長らとの間合いを少しずつ詰めていく。ソウも二人にあわせて一歩前に出た。姉のテラを除いても、既に人数は三対二なのだ。よほどのことが無ければ負けることはない。とはいえ、焦って攻撃を仕掛けるのは不味い。ソウは離され島と共に海に流されるきっかけとなった旅のことを思い出していた。村の男衆との旅においては、戦いの勝ち負けは重要ではなかった。戦うとは、何も盗られず、誰一人怪我することなく終わらすもの。ましてや死ぬなどとんでもない。あくまでも上手くその場を収めて逃げおおすための手段だったのだ。だが、今は違う。自分達はこの船に乗らなければならない。この大河を下り海辺の港に着き、筏に乗って海に出る。故郷の村に帰るためにはここで船に乗ることこそが最も大事なことであり始めの一歩なのだ。つまり自分自身が死ぬことはもちろん、船長を殺すこともあってはならないのだ。下手に剣を交えれば、怪我で済まないこともあり得る。それを避けるためにはどうすれば良いのか。ソウはかつてない程目まぐるしく考えを巡らしていた。ガリが半歩前に出た。船長よりも、もう一人の兵を何とかしようという意図が見える。ポンチョもそれに続き、ソウも二人に習って兵との間合いを詰めた。久しぶりに目にする月が、青い光を船上に落している。男達の影はつかず離れず、甲板の上を右往左往するのだった。
「おい誰か。女の子共を捕まえるのだ」
船長が叫んだ。関りを持ちたくないと船縁に身を小さくしていた男達の内、何人かが立ち上がった。そして、あまり乗り気でなさそうにテラ、コウ、そして、サイの三人に近づいていく。テラは下に向けていた剣を構え直して男達を威嚇した。船長本人もテラ達に向かって一歩足を進めた。一番弱い場所を攻める。戦いの常とう手段だった。ソウはテラと男達の間に割って入り、手にした櫓を構え直した。水を強く掻くことから、櫓は丈夫でなければならない。折れてしまっては船が進まなくなってしまうからだ。櫓で殴られたらどうなるか、船員であれば当然知っている。しかも、櫓は長く、剣よりも遠い敵を攻撃することができる。男達はそれ以上進むことができなくなって、指示を仰ぐように船長を振り返った。
「ち、そんな弱気でどうする」
本来は船長自身も怖いはずである。だが、そんなことは微塵も感じさせることなく、船長はテラ達に向かって歩を進めた。間に立つポンチョとガリはその分後ずさりをせざるを得なかった。船の運航において船長は欠かすことのできない存在だ。河には岩礁も浅瀬もあり、下手に下れば座礁して動かなくなることすらある。つまり、どうしても船長の経験と知識が必要となり、万が一にも殺すわけにはいかないのだった。
「なんだ?ポンチョ、それにガリと言ったな。お前達掛かって来ないのか?」
船長が強がりを見せて言い放った。ポンチョとガリは剣の切先を船長に向けているものの、出来るのはそこまでだった。下手に切りつけるわけにはいかず、相手が進めば引くしかないのが本音だったのだ。
「ああそういう事か。お前達は俺を殺すわけにはいかないものな」
合点がいったと船長は空いた手でもう一方の腕を叩いた。
「俺が死ねば港に戻ることはできなくなる。そうだろう?そういう事なんだろう?」
急に自信がついたのか、船長の足取りは軽くなった。
「本当に鉄炉から逃げられると思っているのか?いや、無理だろう。すぐに追手がやってくるさ」
船長はコウとサイに向かって語り掛けた。少しずつ近寄ってくる船長から逃れるように、二人はテラの背中に身を隠した。テラは視線を船長から逸らすことなく、二人を守るべく船長と相対した。
「まあ良い。仮に鉄炉から兵が来なくても、俺がお前達をどこかほかの場所に売り渡してやるだけさ。いや、むしろその方が儲かるかもしれないな」
船長はにやりとして言った。口元から覗く乱杭歯がなんとも不気味な雰囲気を醸し出している。
「好き勝手なこと言うな」
ソウが船長の足元めがけて櫓を回転させた。だが、本気で当てるわけにもいかず、櫓の先端は空を切った。船長は一瞬慌てたものの、すぐに気を取り直して進み始めた。
「来ないで!」
テラが船長めがけて剣を振り下ろした。しかし、その動きもどこか弱々しく、逆に振り払われてしまった。船長はテラの手から落ちた剣を誰にも獲られまいと足で踏みつけた。
「ほら、こっちに来るんだよ。来い!」
ついに船長の手がサイの腕をつかんだ。必死で守ろうとするテラの首に剣の切先を向ける船長。その時、船縁から現れた何者かの影が、真横から船長の胴体に突き当たった。その影はテラが落とした剣を拾い上げると、床に転がった船長の首に突き付けた。
「お前がいなくとも海にくらい行けるさ。どうする?乗るか、それとも、反るか?」
男は静かに言うのだった。冷たい視線は、その言葉が本気であると瞬時に悟らせるだけの光を帯びていた。
「お、お前は…」
船長はあまりの恐怖にそれ以上言葉を発することができなかった。
青い月の光が大柄な男の背を照らしていた。そこに立っているのは、紛れもなく海賊リキその人だった。
つづく
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離され島冒険記 (冒険小説)
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