離され島冒険記第二部「大陸へ」1-8.

離され島冒険記第二部「大陸へ」

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夕暮れはとうに終わり、辺りは藍色に沈んでいた。やや西に傾いた月を時々雲が隠すように通り過ぎていく。

多くの舟が桟橋に着けられていた。海で生きる人々が台風を避けて、こぞってこの地にたどり着いたようだった。台風の余波はこの辺りにも来ていた。ゆっくりとではあるものの大きく上下する波の中、僕らは筏を着けられる場所を探した。河口の奥の方をラウトが指さした。ごった返す船着き場の中を他の舟にぶつからないように慎重に筏を進める。結局、端の方にある誰も使っていない朽ちかけた桟橋に僕らは筏を泊めた。波に揺られても筏が橋桁にぶつからないように注意して縄をかける。ソウ、ラウト、テラ、ケン、僕の順番で一人ずつ桟橋に上がって、陸に向かった。まるで僕らの不安な気持ちを表すように、一歩踏み出す度に桟橋は揺れて、ギシギシという音がした。

陸地に上がってほっとしたのもつかの間、遠くから何かを叩いたような大きな音がして僕らを驚かした。同じ方向から沢山の人が叫んでいるような声が聞こえた。

「行ってみよう!」

ラウトが走り出したので、僕らは慌てて後に続いた。

 

驚くほどの人がいて、僕らは圧倒された。色とりどりの見たことの無い布をまとった人々で目に見える範囲全てが埋め尽くされている。今まで自分達の村の人と、せいぜい旅先で会う村々の人々としか会ったことがなかった僕らは、この光景に立ちすくむことしかできなかった。

「凄いね。何かあったのかな?」

ラウトは近くにたたずむ人に話しかけた。僕らが筏の上でラウトから習った言葉が所々混じるものの、何を話しているのか判らないまま会話がしばらく続いた。話が済んでラウトが僕らに説明してくれたことをまとめるとこうだ。

大きな陸地のこの辺りの事を国といい、北の方から時々攻めてくる人々に悩まされていた。これ以上攻めて来ないようにと、王が軍隊を引き連れて戦いを仕掛け、見事勝利した。そして、今後は攻めて来ないと約束を取り交わした。今夜は勝利のお祝いとして王様と軍隊の行進があるのだという。王とはこの国の人々をまとめる偉い人。軍隊とは王の命令にしたがって戦いを専門とする人々ということだった。

ここの人達と難なく話をしているラウトには驚かされた。

「海で暮らしている者は行く先々の言葉くらい話せなければならん」

ラウトは胸を張った。けれど、すぐ笑いだしていった。

「これは父さんの口癖さ。言葉は父さんと舟で旅しながら覚えたのだよ。僕らは自分達が食べるだけではなくて、魚や貝殻をお金に替えなければならない時があるからね」

王と軍隊、そしてお金については、以前もラウトから話を聞いたことがあったなと僕は思い返した。

突然大きな音がした。先ほど海辺で耳にした音がもっと近くで鳴ったのだった。今回は止むことなく、いくつもの音が鳴らし続けられた。どうも何かの音楽のようだ。とは言え、僕らが山の村で遊ぶ時にやる草笛や口琴とは比べものにならないほど、複雑で綺麗な音だった。真直ぐな広場にごった返していた人々は、音のはじまりと共に端に移動して真ん中を空けた。王の行進が始まるのだ。最初に火のついた長い薪のようなものを抱えた人達がやってくるのが見えた。松明というらしい。その後に、今度は長い木の柱を両側で肩に掛けた人達がゆっくり歩んでくる。木柱には金色の大きくて重そうな器がぶら下げられていて、数人の男がそれを木槌で叩きながら一緒に歩いていた。それが音の、音楽の正体だった。金色の器は不思議な調べと共に、周囲を取り巻く松明の光を反射してまばゆいほどの光を放っていた。

「あれは何?」

テラが目を丸くしてラウトにたずねる。

「編鐘。へんしょうと言って、王様だけが持つことのできる青銅の楽器なのだってさ」

ラウトが隣に立って見物していたお年寄りに確認して教えてくれた。

「青銅って、鉄とは違うのだね?」

すかさずケンが聞き返す。新しく目にする物は何であれ興味を持つのがケンだ。

「うん。鉄は強くて鋭いから戦う時の剣などに使うのだって。青銅は金色で綺麗だけど、鉄より柔らかいから戦いには向いていない。けれど綺麗で良い音がするから、見世物としての剣や編鍾のような楽器に使うのだそうだ。ほら、兵隊が剣を持って通るよ!金色だろ!今回のように人々に力を見せつけるための行進の時は金色に輝く青銅の剣、実際に戦う時は鉄の剣を携えて行くのだよ」

ラウトの隣のお年寄りは説明好きらしく詳しく教えてくれて、ラウトはそれを僕らにわかるように丁寧に話してくれた。僕らは剣を手に目の前を通り過ぎる兵隊の多さに目を丸くした。これまでは海賊のリキ達が持っていた剣が、僕らの知る唯一の剣であり鉄だったのだ。滅多にない貴重品だと思っていた剣をこれだけ多くの兵隊が持っているのだ。鉄が銛先や、動物の皮を剥ぎ、肉を切る道具として出回り、だれもが手にする日がきたらどうなるのだろう。いや、ここ国では、既にそうなっているのかもしれない。僕らの村の特産品である星屑石など、正に屑石なのだ。

「旅をしなくて済む方法。リョウが言っていた事を思い出した」

いつの間にか隣に立っていたケンがふいにつぶやいた。そうだった。村で採れる星屑石を冬の食料と交換するための旅。その辛い旅をしなくて済む方法を探したい。僕はケンにそう話したのだ。その旅の途中で離され島と共に流され、慣れない海上で何とか生き抜くことに懸命だった。過ぎ去った日々が瞬時に頭の中を巡った。それと共に、未だ旅をしなくて済む方法を見つけきれていないことを改めて思い知らされた。生き抜くこと、そして、大きな山の麓にある村に帰ること。そのことだけで頭が一杯だったのだ。

「旅をしなくて済むどころか、鉄や青銅が手に入るようになれば僕らの村の星屑石などはだれも欲しがらなくなる。旅をする意味すらなく、村は死に絶える」

僕と同じ事をケンも考えていたのだった。

その時どよめきが僕らを包んだ。胴体が僕らの目の高さほどもある、四つの足を持つ生き物が目の前を進んでいる。焦げ茶色の身体は煌めく石や布で綺麗に飾られて、胴体の上には人が跨って座っていた。

「あれは何?」

ソウがラウトにたずねる。

「馬だよ」

即座にラウトが答えた。馬は無数の綺麗な色が散りばめられた小屋のようなものを曳いていた。

「あれは馬車」

続いてラウトが教えてくれる。

「王だ!」

周りで人々が叫ぶ。馬車に乗っている人の事だとわかった。手の届かない高い所にいるその人は、以前ラウトが言っていたように貝をくり抜いた輪をいくつも腕にはめ着ている布は目も眩むほどあでやか、しかし、その視線は真直ぐ前を見続けたまま険しかった。

何か大きな力を感じさせる王という存在に、ケン、テラ、ソウ、そして僕の背筋は震え続けるのだった。

つづく

離され島冒険記第二部「大陸へ」1-9.

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