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「余所者には貸さねえよ」
いきなり拒否の言葉が親方の口から発せられた。
「お父さん!」
陽子が横から声を上げた。
「どうせすぐ諦めて東京に帰るってお父さん言っていたけど、良太さん今もここにいて頑張っているんだよ。話くらい聞いてあげても良いんじゃないの?」
「面倒な田んぼ作りしてねーからいられるのさ。そうでなければすぐ帰っているさ」
「そんな人じゃないって。お父さんも一緒に作業したから知っているでしょう?よく良太さんのこと褒めてたじゃないよ」
親方と陽子の言い合いは続いた。良太は口を挟むこともできず、ただ聞いているしかなかった。
「良太さん、あなたも何か言いなさいよ!やるんでしょ!」
陽子が厳しい顔をこちらに向けて言った。突然矛先が自分に向けられて、良太はどぎまぎしながら居住まいを正した。
「親方、棚田を僕に貸してください」
良太は単刀直入に言って、親方に頭を下げた。親方は一瞬驚いたような顔をしたものの、返ってきたのは最初と同じ言葉だった。
「余所者に貸す田はねえ」
「親方、棚田を見させていただきました。正直言わせていただいて荒れ放題です。例え余所者であったとしても、僕が米作りをした方が田んぼにとって良いのではないでしょうか?」
「親父が死んでから手着かずだからな。補助金と税金対策として残しているだけで、使うつもりはねえんだよ」
親方は余所見をしながら言った。少しだけ声が弱気になっているのが良太にもわかった。こんな時は押しだけではだめだ。良太は昔話に切り替えた。
「そもそもなぜ棚田があるんですか?平地が多い土地柄だから棚田をやる意味ってないですよね?」
「さあな。親父がやったんだよ。俺が子供の頃だったな。まだ田んぼを増やす制限のない時代だった。農薬を頻繁に使うようになって、子供に食わすのが心配になったのかもな。皆、収穫を増やすことばかり考えている時に、一人だけ味がどうのと言う変わり者だったのさ」
「へー」
良太は相槌を打った。
「薬がかからん所で米を作ってみたいと山に行き始めたんだな」
「なるほど」
「おかげで親父と遊んだ憶え、ねーもの。あんなことやるもんでねえ。だいたい、違うやり方で米作りなんかしたら、後で混ぜられないから大変だものな。農協でも引き受けてくれないから、乾燥も籾摺りもその都度切り替え大変だったさ。親父が生きている間ずっとそうだったな」
その時親方の奥さんがお茶を入れに居間に入ってきた。
「良太さんお久しぶり。農業辞めて何してたの?陽子が寂しがって大変だったのよ」
「お母さん、余計なこと言わないの」
そのまま話し続けようとする奥さんを陽子が台所に追いやった。ほんの冗談だろうに、心なしか陽子の頬が赤らんでいる気がした。
親方は一息入れるべく、奥さんが持ってきたお茶をすすった。
「僕は普段は工場で働くので、米作りは棚田だけです。大丈夫です」
良太は笑顔で言ったものの、返ってきた言葉は前と一緒だった。
「おめーの心配なんかしてねーよ。そもそも余所者には貸さないと言ったべ」
結局そこに行きつくのか。良太は心中でため息をついた。
「私が使う。それで良太さんに手伝ってもらう。それなら良いんでしょう?」
突然陽子が言った。
「良太さん、わかった?」
陽子は真剣な目をしてこちらの顔を見ている。
「あ、ああ。棚田で米作りさせてもらえるなら条件はなんでも良いよ」
陽子の気迫に押されながらも良太は、上手くいくかも知れないと内心ほっとした。
「余所者を立ち入らせるのはごめんだね。適当にやられて逃げ出されたら、たまったものじゃねーからな」
親方の頑固もたいしたものだと良太が内心舌を巻いた時だった。
「じゃあ、婚約者ってことで。私が責任持つなら文句ないでしょう?」
陽子が言い放った強烈な一撃に、親方はもちろん良太も仰け反った。
(つづく)
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