棚田の恋2-3.前進

棚田の恋

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「余所者には貸さねえよ」

いきなり拒否の言葉が親方の口から発せられた。

「お父さん!」

陽子が横から声を上げた。

「どうせすぐ諦めて東京に帰るってお父さん言っていたけど、良太さん今もここにいて頑張っているんだよ。話くらい聞いてあげても良いんじゃないの?」

「面倒な田んぼ作りしてねーからいられるのさ。そうでなければすぐ帰っているさ」

「そんな人じゃないって。お父さんも一緒に作業したから知っているでしょう?よく良太さんのこと褒めてたじゃないよ」

親方と陽子の言い合いは続いた。良太は口を挟むこともできず、ただ聞いているしかなかった。

「良太さん、あなたも何か言いなさいよ!やるんでしょ!」

陽子が厳しい顔をこちらに向けて言った。突然矛先が自分に向けられて、良太はどぎまぎしながら居住まいを正した。

「親方、棚田を僕に貸してください」

良太は単刀直入に言って、親方に頭を下げた。親方は一瞬驚いたような顔をしたものの、返ってきたのは最初と同じ言葉だった。

「余所者に貸す田はねえ」

「親方、棚田を見させていただきました。正直言わせていただいて荒れ放題です。例え余所者であったとしても、僕が米作りをした方が田んぼにとって良いのではないでしょうか?」

「親父が死んでから手着かずだからな。補助金と税金対策として残しているだけで、使うつもりはねえんだよ」

親方は余所見をしながら言った。少しだけ声が弱気になっているのが良太にもわかった。こんな時は押しだけではだめだ。良太は昔話に切り替えた。

 

「そもそもなぜ棚田があるんですか?平地が多い土地柄だから棚田をやる意味ってないですよね?」

「さあな。親父がやったんだよ。俺が子供の頃だったな。まだ田んぼを増やす制限のない時代だった。農薬を頻繁に使うようになって、子供に食わすのが心配になったのかもな。皆、収穫を増やすことばかり考えている時に、一人だけ味がどうのと言う変わり者だったのさ」

「へー」

良太は相槌を打った。

「薬がかからん所で米を作ってみたいと山に行き始めたんだな」

「なるほど」

「おかげで親父と遊んだ憶え、ねーもの。あんなことやるもんでねえ。だいたい、違うやり方で米作りなんかしたら、後で混ぜられないから大変だものな。農協でも引き受けてくれないから、乾燥も籾摺りもその都度切り替え大変だったさ。親父が生きている間ずっとそうだったな」

その時親方の奥さんがお茶を入れに居間に入ってきた。

「良太さんお久しぶり。農業辞めて何してたの?陽子が寂しがって大変だったのよ」

「お母さん、余計なこと言わないの」

そのまま話し続けようとする奥さんを陽子が台所に追いやった。ほんの冗談だろうに、心なしか陽子の頬が赤らんでいる気がした。

親方は一息入れるべく、奥さんが持ってきたお茶をすすった。

「僕は普段は工場で働くので、米作りは棚田だけです。大丈夫です」

良太は笑顔で言ったものの、返ってきた言葉は前と一緒だった。

「おめーの心配なんかしてねーよ。そもそも余所者には貸さないと言ったべ」

結局そこに行きつくのか。良太は心中でため息をついた。

「私が使う。それで良太さんに手伝ってもらう。それなら良いんでしょう?」

突然陽子が言った。

「良太さん、わかった?」

陽子は真剣な目をしてこちらの顔を見ている。

「あ、ああ。棚田で米作りさせてもらえるなら条件はなんでも良いよ」

陽子の気迫に押されながらも良太は、上手くいくかも知れないと内心ほっとした。

「余所者を立ち入らせるのはごめんだね。適当にやられて逃げ出されたら、たまったものじゃねーからな」

親方の頑固もたいしたものだと良太が内心舌を巻いた時だった。

「じゃあ、婚約者ってことで。私が責任持つなら文句ないでしょう?」

陽子が言い放った強烈な一撃に、親方はもちろん良太も仰け反った。

(つづく)

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