棚田の恋2-2.再会

棚田の恋

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「良太さん、まだここにいたんだ」

陽子は一歩近づくとそう言った。

「うん、今は工場で働いているんだ」

「例の農家辞めたっていうから東京に戻ったのかと思っていたわ」

「辞めたというか首になったんだけどね」

「そうだったの!あそこの親方は辞めたって言ってたわよ」

「あの年はイナゴが凄くて米の収穫が少なかったから首になっちゃったんだよね」

苦笑しながら良太は言った。

「東京に戻った方が良かったんじゃないの?」

心配そうに陽子が言った。

「うん。そうなんだけど、やっぱり米作りはしたいんだよね。東京ではほとんど無理だからさ」

「棚田で美味しいお米を作りたいってこと?」

「そう」

陽子は考えている様子で口元に手をもっていったまま黙ってしまった。

彼女は良太を見慣れていたものの、良太にとって彼女の姿を見るのは2度目に過ぎなかった。

「じゃあね」

落ち着かない気分を隠したくて、良太は本を手に持ちレジに向かった。

「車で来たの?」

後ろから陽子が声をかけてきた。

「近いから自転車なんだよ」

良太が笑って答えると、陽子は足早に出口に向かいながらこう言った。

「ちょっとだけ時間を貸して。見せたいものがあるの」

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駐車場に出るとパッシングする軽の車があった。近寄ってみると陽子が乗っていた。

「後で送るから乗って」

陽子は助手席のドアを中から開けると良太の背丈に合わせて席を一番後ろまで下げた。断れる雰囲気ではなかったので良太は服の埃を払ったのち、助手席に乗り込んだ。陽子は手慣れた感じで車を発進させて、国道に乗り入れた。マニュアル、4WDの車だった。しばらく走ると陽子は街灯の無い脇道に車を入れて、ヘッドライトをハイビームにした。そのまま無言でアクセルを踏む陽子。良太は彼女の顔を見たい誘惑にかられたものの、陽子が見つめるフロントガラスの向こうを同じように眺めていた。

上り坂に入ってシートに背中が張り付いた。舗装が荒くなり軽自動車が揺れるにも関わらず陽子はアクセルを緩めなかった。真っ暗な中、良太は少し怖くなりドアの取手を左手で握った。完全に山道に入ったらしく、ついに舗装がなくなった。大きく揺れながら軽自動車は進んで行く。時折、地面の草が車体の底をこする音がした。マニュアルを1速に入れなおすと、陽子の運転する車は気後れする様子もなく暗い山道をどんどん進んで行った。

ギッというサイドブレーキの音を合図に陽子はドアを開けて外に出た。そのまま助手席に回ると窓ガラスをコツコツ叩きながらこういった。

「外に出て見てみて」

懐中電灯を手に、窓の外で陽子が微笑んでいる。ドアを開けて足元を探るように外に出ると良太は周囲を見渡した。暗がりの中だったものの、陽子がかざす懐中電灯のおかげで何とか状況はわかった。山並みが段々に続いている。所々畦が崩れているものの、それは確かに棚田だった。良太は茫然としていた。

「え?何故ここに棚田が?」

「もう遅いから細かいことは今度説明する。使うの使わないの?」

しばらくしてようやく発した良太の間の抜けた質問に、陽子はいらいらするように言った。

「やりたい。すぐ使えるようにできるかどうかはわからないけれど、休みの日は毎日来て整備するよ。陽子さん、地主さんを紹介してください」

思わず陽子さんの手を取って良太は返事をした。

「わかった。次の休みはいつなの?」

「週末は普通に休めるよ」

「じゃあ今度の日曜日にあの本屋さんで待ち合わせよ。朝の10時に来てくれる?」

「わかった」

断る理由もなく僕はうなずいた。帰り道、フロントガラスの向こうの暗闇をぼんやり見ながら良太は今後のことを何となく考えていた。詳しいことを訊くチャンスを逃してしまったことに気付いたのは、アパートの部屋の電気を点けた時だった。

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土曜日の朝、どこに行くのかわからないので良太は軽トラックで書店に向かった。良太の到着に少し遅れて陽子が駐車場に着いた。

「ついて来て」

挨拶もそこそこに陽子はアクセルを踏んだ。良太は慌てて後ろをついていった。先日の道を陽子の車が進んで行く。良太は離されないようにアクセルを強めに踏んだ。今回は昼間なので周囲の景色が良く見えた。前方に小高い山が見える。周囲に何もない、良く日の当たる南斜面を見て良太の心は踊った。坂道に入ってすぐ、古民家様の家の庭に陽子は車を入れた。庭には車を入れる広い小屋もあり、陽子の軽自動車の他に乗用車1台、軽自動車1台、軽トラック1台とトラクターが停められていた。田舎によくある古い農家の風景がそこにあった。良太は邪魔にならない場所を選んで車を停めると、玄関前で待つ陽子の元に駆け寄った。陽子はブザーを押すことも無く無遠慮に引き戸を開けると中に入り、良太を手招いた。そこは昔ながらの土間だった。良太の顔をちらっと見ると、陽子は中に向かって大声を上げた。

「お父さん、良太さん来たわよ」

驚く良太を尻目に陽子は靴を脱ぎ、居間に上がって行った。ミシミシという音がしたかと思うと奥の障子が開いた。そこに居たのは除草隊を率いていた親方だった。

「おう、久しぶり」

親方はそう言ってから大きな座卓に着き、良太を手招いた。あまりのことに一瞬きょとんとしたものの慌てて居間に上がると、良太は靴を脱ぎ捨てたままであることに気が付いて、深呼吸しながら靴の踵を揃えて並べた。

「ご無沙汰しております」

頭を下げながら勧められるままに座卓に着くと、こわばった顔のまま良太は陽子の方を向いて言った。

「お父さんだったの?」

今までで一番明るい、それでいて良太の様子を探るような笑顔を見せて、陽子はうなずいた。

(つづく)

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