棚田の恋1-3.贈り物

棚田の恋

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週明けの仕事中も良太の頭の中は棚田のことで一杯だった。

水をくれた男性にした質問を時折思い出す。

「どのくらい収穫できるのですか?」

何となく米を作ってみたくなって良太は尋ねた。

「いやー、たいして獲れないよ。天然の肥料しかやらないし、ここは冷たい水を流しっぱなしにするから生育が遅いしね。ほら、みんな働いているからたまにしか来られないだろう。そうしないと水が枯れたら困るからね」

「へー、そうなのですね」

「うん、まあ、1反当り2、300キロってところかな」

男性はそう言った。

「300キロですか?凄いですね!俺が食べる一年分の米よりずっと沢山獲れるのですね」

驚いて良太が言うと男性は首を振った。

「プロの農家の半分くらいだよ。その程度獲れても作業の大変さから言ったら割に合わないね。せっかくの棚田を守りたくてやっているだけさ」

「ああ、そうですよね」

良太は相槌を打った。

「だた、ここで獲れる米は上手いよ。味だけは期待してもらって良いからさ」

男性の笑顔から本音が伝わってきた。

1反という広さも300キロという収穫量も、何もわからないまま良太はただ頷いた。

 

棚田での会話が頭の中をめぐっていた。

調べたところ1反というのは田んぼの広さの単位で1,000㎡のことだった。短辺20m×長辺50mである。1,000㎡と言われると広く感じるものの、小学生の徒競走の距離と思えばたいしたこと無い広さにも思える。とはいうものの、自分が住んでいる部屋の広さが20㎡だったことを思い出して良太は苦笑した。

調べてみると、米の収量は米農家なら1反当り570㎏から600㎏位収穫するのが普通らしい。確かに300kgは少ないと言える。ただし、量を獲り過ぎないことも米の味には大事だということも知った。肥料をどんどん入れれば量は獲れるものの、米の味は落ちるらしいのだ。

こんな事を考えながらの一週間が過ぎ、また週末が来た。その土曜日は棚田のある駅を越えて終点まで乗り、そこで地元の人しか乗らないローカル線に乗り換えて北に向かう。本当は米のことが気になって先週の駅で降りたくなったものの、物欲しげに見られるのもしゃくなので敢えて通り過ぎたのだった。やはり紅葉にはやや早く、線路脇には木々が色づく前の光景が広がっていた。それでも秋の乾いた空気を感じて良太は少し嬉しくなった。来週は米が届くに違いないと電車の中で良太はほくそ笑んだ。

しかし翌週も米は届かなかった。

良太は知らなかったのだが、米は収穫してすぐ食べられるわけではなかった。最初に収穫時22~25%程度ある水分を乾燥機で乾かし、15%程度まで減らす必要がある。それが済んだら籾摺り(もみすり)により玄米にするのだが、水分率の高いまま籾摺りをすると米の表面に傷ができてしまう。そうならないためにも乾燥はとても大事な工程なのだ。乾燥、籾摺りが終わると、出来上がった玄米を30kg毎に米袋に詰めて倉庫に保管する。ここで一段落。世間で食べる白米にするには、更に工程を必要とする。玄米の表面は茶色い。糠(ヌカ)というのだが、これを削る精米という作業により白米となる。最後に白米を袋詰めしてようやくお店に並ぶわけなのである。

米農家から直送してもらう場合、この工程全てを一農家でやらなければならないので苦労は一塩である。そして今回良太に届くはずの米も、工程全てをあの時出会った年配の男性達がやっていることになる。簡単に届くわけがなかったのだ。しかも、収穫後稲架(はさ)に掛けていたということは天日で乾燥していることになる。機械乾燥と違って天日干しは時間がかかる。良太が棚田の駅を通り過ぎた頃に、現地では一所懸命稲束をひっくり返して、日に当たる場所を変えていたのだった。立ち寄れば作業を手伝うことになっていたのはほぼ確実だった。もちろん良太は喜んで手伝ったのであろうが、知らないのだから仕方がない。

 

結局、良太の手元に米が届いたのは、数週間後、紅葉を見るための小旅行を終えて帰宅したちょうどその時だった。見知らぬ段ボールが届いて良太は米のことを思い出した。暗がりで段ボールを開けてみた。中にビニール袋に入った白っぽいものが見えた。良太は慌てて部屋の明かりをつけた。もう一度段ボールのふたを開いて中を見た。

そこには白くつやつやしたお米が入っていた。

(つづく)

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