棚田の恋1-4.ご飯

棚田の恋

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ミルキークイーンと袋にマジックで書かれていた。苗から育てたわけではないものの、自分が稲刈りしたお米だ。ミルキークイーンを取り出すと、その下には更にこしひかりと書かれた袋も入っていた。遊びで色々植えてみたと男性が言っていたのを思い出した。別の品種を育てたら精米も別々にしなければならないから大変だと、ぼやきつつも何故か嬉しそうだった。

「これは慎重に炊き上げて最上のご飯にしなくては」

むかし母親が読んでいた婦人雑誌に、米を炊く時は最低一時間水につけた方が良いと書かれていた。良太はその記事を信じて、今も必ず水につけたお米を冷蔵庫で一時間冷やすことにしていた。冷蔵庫で水ごと冷やすというのはたしか漫画からの情報だ。今夜は週末恒例小旅行から帰って来たばかり。今から米を洗い、水につけて1時間冷蔵庫、そこから炊き上がりまで数十分待ち続けるのはきつい。

 

「次の週末のお楽しみだな」

良太はつぶやいて、届いたお米を冷蔵庫にしまった。低温保存が米の品質維持にとって重要。これもなにかの記事で読んで良太が必ず実行しているいつもの行動だった。お米を送ってくれた男性にお礼の電話をして、その週末は終わった。

翌週は仕事をしながら水探しに明け暮れた。そのお米が育った環境の水が一番合うと考えたからだった。高級料理を食べに行ったりすることはないものの、良太はそれなりにこだわりをもって食事をすることが多かった。料理の大部分が実は水分であることを思えば、水の味が料理の味を左右するのは間違いない。ご飯のようなほんのりとした甘みを楽しむ食べ物で、カルキ臭のする水を使うのはできれば避けたいと良太は考えた。とは言え、最近は地場の天然水などが手に入りやすい。棚田の有る街にも天然水があることを見つけて、土曜日の朝出かけて行った。全てはせっかくのお米を美味しく食べるための施策だ。夕食で食べることになるご飯の味を想像して、電車に乗りながらつい微笑んでしまう良太だった。

待ちに待った夕食。炊飯器の蓋を開けると、真っ白な湯気が上がった。嫌味の無いその匂いを嗅いだだけで、このご飯が美味しいことを良太は確信した。先ずは一番美味しいはずの真ん中のご飯をしゃもじですくい、つぶさないように優しく茶碗によそう。粒がつやつやして一つ一つがくっついたりせずに立っている。間違いない。良太は手を合わせて言った。

「いただきます」

一口分のご飯を箸で口に運ぶ。

「旨い」

雑味が無く、もちもち感が口の中をくすぐった。ほんのり甘い。こんな美味しいお米があるのかと、良太は唸った。午前中に棚田近くの観光案内所で買った漬物も、ご飯の味を引き立てた。これ以上はないという幸せな夕食だった。

良太にとってその後の人生を変える重要な晩はそうして過ぎていった。

「困った」

布団に潜ってからふとつぶやいた。良太は米作りをしたくて仕方が無くなってしまったのだった。

(つづく)

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