棚田の恋1-5.転機

棚田の恋

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翌日から良太は米農家について調べるようになった。すると米農家の後を継ぐ人が減っていて、耕作放棄地が増えていることがわかった。跡継ぎがいないのは米農家に限ったことではなく、野菜や果樹の農家でも同じように跡継ぎが見つからない産地が増えているようだった。

「そうか、考えたこともなかったな」

親がサラリーマンだったため、それまで農業について考えたこともなかった。調べれば調べるほど、結構深刻な状況に日本があるらしいことが少しずつ見えてくるのだった。食物自給率は既にかなり前から40%を切っているようだった。

「半分も作ってないのかよ」

余り物の食料を捨ててもったいないという報道がテレビから聞こえるようになって久しい。パン食が当たり前になると輸入メインの小麦の消費量が増え、その分せっかく自国で生産できる米の消費量が落ちる。米なら100%自給できるのに、輸入しなければならない小麦の消費量だけが伸びていく。耕作放棄地が増えて自給率が下がっているのに、捨てる食料は増えるとはどういうことなのか。

「もったいないな」

 

使われない農地と捨てられる食料。その両方についての思いがあふれ、良太は一人呟いた。更に調べていくと、人口減少を少しでも緩和しようと農業をやりたいという若者を積極的に受け入れる県の存在が目に留まった。1年から3年程度県内の農家で栽培方法を学び、その間に農地を手に入れる。その後、技術を習得したら独立するというような流れである。首都圏から距離のある県が主に実施している事業だった。研修中は受け入れ先に県から補助金が支払われ、その分給料をもらいながら米作りを覚えられるという。そのような人口減少地では、田んぼの値段も良太の貯金で何とかなるかなと思えるほどの値段だった。

「人口増やしたいなら農業より工業ではないのかな?」

地方公共団体の方策には違和感を覚えながらも、ひたすら米を作りたい自分にとっては好都合だ。そう考えることにして無理やり自らを納得させる良太だった。

収穫の礼として米をもらってから何度か相手の男性に連絡を取り、来期から棚田での米栽培を学ぶつもりでいた良太だったが、節約できる米代よりも持ち出すお金の方が多い、収量はそれほど多くないと何度か電話で聞かされていた。それならばいっそのこと、どこかの県に行って農業をやってみたいという方向に気持ちが傾いていった。

そうこうするうちに、ある県のホームページの記事に心惹かれるようになった。今の給料ほどでは無いものの一人で暮らす分には何とかなるだけの補助が出る。そして、いきなり農業法人就職ではなく、県の研修施設で2か月ほど研修を受けられるという手厚さだった。何度か問い合わせをして印象が良かったこともあり、その県の募集に良太は応募したのだった。若いこともあり、話はとんとん拍子に進み、県農業振興のお偉いさんの面接に挑んだ。結果、県の補助金付きで研修を受けられることになり、その上就職先の農業法人まで見つけてくれたのだった。

面接の時に『あれ?』と感じた一瞬があったものの、深く考えることなく勤め先を辞める手続きを済ませた。そして、その土地に向かう新幹線の中で、良太は面接の時の違和感について考え続けていた。新幹線の終点駅近く、ホテルの会議室でのやり取りはこんな感じで締めくくられたのだった。

「出身はこの県だっけか?」

この問いかけに良太は正直に答えた。

「いえ、別のところです」

3人いた面接官が顔を見合わせる。

「将来農地どうするの?」

不思議そうな顔をして面接官が訊ねた。

「耕作放棄地が沢山あるようなので何とかなりますよね?」

良太の返事に相手は少し首を傾げた。

「買うお金はあるの?」

「ええ、そんなに広くなければなんとかなるかと」

相手の疑問はお金の問題かと納得した。勤め始めてから数年間、週末の小旅行以外には趣味も遊びもせず、もちろん彼女もいなかったので、良太にはそれなりに貯金はあったのだ。

「そうか?」

相手は疑問とも自問ともとれないような返事をした。

「そもそも米を棚田で育てたいですし、暮らしていけるほどの広い土地が無理なら兼業農家も考えていますから」

「棚田か、大変だぞ」

「はい、でも味にこだわりたいので理想は棚田かと」

「…わかった、頑張れ」

「はい、頑張ります」

面接が終わって、会場の扉を閉めた直後だった。

「わはは…」

部屋の中から盛大に笑い声がしたのだった。戻って問いただそうかと思ったものの、結果判定に悪影響が出ても嫌だと思い、良太はそのまま帰りの途についた。

すぐ隣の駅に向かうべく、ホテルの自動ドアを出ると、寒いというより痛いほどの風が吹きつけてきた。初めて体験する痺れるような寒さと、主要駅にも拘わらず膝近くまで積もる雪。人口が減りつつある地方都市だったからか、人通りはほぼない。ほんの数十メートル歩いただけで良太の靴はぐちゃぐちゃになった。

『無理なら無理でよしとしよう』

地方都市の気候に怯んでそんな風に考えていたものの、結果は採用だった。東京では既に桜のつぼみが膨らむ時期を迎えていた。

「大型特殊の免許だけは取っておいてよ」

合格通知電話の最後はそんな風に締めくくられた。

終点駅に良太の乗った新幹線が到着した。扉が開くと桃色の小さな花弁が目に入って、思わず手にとった。東京に比べて3週間遅れで開花したソメイヨシノの花弁が、開いた手のひらにちょこんと乗っていた。

(つづく)

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