草原のチャド2-1.決意

草原のチャド

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「じゅわっ」

口の中に果実の甘い汁が広がる。自分達の縄張りに到着して、チャドはほっと一息入れた。山に登るのも降りるのも初めての経験だった。その上、帰り道はずっと追手の影が付きまとい、食事はもちろん、おちおち水を飲んでもいられなかったのだ。乾いてからからになったのど、体力の限界まで走り切ってやせ細ってしまった身体に、果汁が一気に浸み渡っていくのが実感できた。身体が求めるまま、チャドは食べ続けた。ふと振り返るも、もう山は見えなかった。

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身体に元気が漲るのを感じて、チャドは仲間のいる住処に戻って行った。手には既に相棒と化した猛獣の牙があった。

あちらこちらで毛づくろいしていたり、同じ位の年同志で集まってふざけているのが見えた。ボスがいた。いつもなら目下としての振る舞いをするところだったが、山での経験で気持ちが高ぶっているのかそんな気分にはならず、ただ、目で挨拶をした。ボスの方は一瞬目を剝いたように見えたが、すぐ力が抜けたように肩を落として、視線を逸らすのだった。久しぶりに帰ると、普段自分が好んで座っている場所は別の男に占領されていた。気にせず進んで行く。相手はチャドに気が付いた。すると驚いたように半立ちになり、すっと場所を空けてきた。チャドは何も言わずにそこに座った。

これまで仲良くしていた仲間も、なぜかチャドを遠巻きにして近寄って来ない。山と、そこから見た湖の事で気持ちが高まっていたものの、休みなく動いていた疲れで眠い。チャドはちょうど良いと感じて、そのまま目を瞑った。

「チャド」

呼びかける声に片目を空けた。仲間内で最もおしゃべりな奴だった。

「しばらく見かけなかったが、どこに行っていたのだよ?」

「山さ」

そいつの問いかけに短くチャドは答えた。

「山?どこにあるのだよ?」

「あっち」

チャドは元来た方向を気だるげに指さした。

「縄張りの向こうか?そんな所に行ってなにしてたのさ?」

「高い所に行って湖見てた」

「湖?そりゃなんだ?どこにあるのだ?」

「あっち」

チャドは山と反対方向を指さした。

「縄張りを越えて襲われなかったのか?」

「襲われたよ」

なんと言う事も無いようにチャドは答えた。

「え!相手はどのくらいいたのだよ?怪我はしなかったのか?」

「怪我?ああ、大丈夫だったな」

手にした猛獣の牙に一瞬視線を移しながらチャドは答えた。

質問してきたおしゃべりは同じようにチャドの手に視線を移すと、半歩あとずさり、身体を翻すといなくなった。チャドは再び目を閉じて、今度は深い眠りに落ちて行った。

朝になって、これまで通りチャドは仲間と共に食べ物を探しに出かけた。チャドは牙を手放さなかった。口に咥えたり手に持ったりしながらの移動だったので手間がかかったが、仲間の誰一人チャドの速さについてこられる者はいなかった。山の昇り降りとその前後の移動の結果、極限まで鍛えられて、チャドの身体は誰よりも大きく強く、早くなっていたのだった。

「そろそろ行く時が来たのかな」

樹上から果実を下に落としながら、チャドは呟くのだった。すくっと立ち上がり周囲を見回す。山から見た湖の光景が幻のように眼前に広がり、衝動がチャドの全身を駆け巡っていた。ふと視界の端に光るものを感じて身を屈めた。大鷲が頭上をかすめて飛び去っていく。これまでなら怯えて動けなくなるところだったが、チャドはもう一つ二つ果物を下で待つ仲間に投げて、降りていった。

「チャド、危なかったな」

仲間が声をかけてくる。軽く相槌を打ってチャドは空を見上げた。

充分に食料を確保して住処に戻る途中、遅れてくる仲間を待ちながらチャドはついにその時が来たのを感じていた。

「やはり、行こう」

(つづく)

出発

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追手

物語の始めから読みたい方はこちらをどうぞ。

物語のはじまりから読むー「誕生」

決意

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