草原のチャド1-9.追手

草原のチャド

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遥か眼下に横たわる湖をチャドは眺め続けていた。山裾にあった雲がゆっくりと進んで行く。森を越えて草原を渡り、湖上を滑っていく雲をチャドは見つめ続けた。

『あそこに行きたい、いや行くのだ』

チャドは枝の上に立ち上がると足元の山から森、草原と、これから進んで行くのであろう方向を見定めた。毎日のように通っていた大岩のある辺りと湖の間はさほど離れていないようにも思えた。とは言え、以前味わった灼熱の太陽と、歩けないほど熱くなる地面を思い出してチャドは唾を飲んだ。

『途中食べ物も水もないまま、あそこまで行けるものだろうか』

ふと目をやると山裾から川が始まり、森を貫いているのが見えた。川は森を抜けると草原を蛇行していたが、ある地点で途切れていた。チャドはため息をついた。が、そのまま湖の方に視線を移動させると、一度消えた川がまた現れて最後は湖に注いているではないか。その川は所々で地面に吸い込まれ、地下水となって地面の下を流れているものだったのだ。もちろん、チャドはそんなことは知らなかった。川は自分達が暮らしていると思しき場所から離れていたが、どちらに向かえば川に出合えるかはチャドにもわかった。川をたどって行けば湖への方向を間違えることもない。もちろん水も手に入る。先の見通しが立って嬉しさが込上げてきた。

気配を感じて頭上を見ると鷲が上空をくるくる回っているのが目に入った。いつまでもここにいては危ないのだ。

「良し」

決心するとチャドは木を降りて山を下り始めた。

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木が生えていないところから徐々に背丈の低い木のある場所へとチャドは進む。ついに果実のなる木に到着して、チャドはほっと一息ついた。木に登り、果実にむしゃむしゃ噛り付いた。もうずいぶん長いこと、水にも食べ物にもありつけずにいたのだった。とその時、

「しゅっ!」

音がして、チャドめがけて石が飛んできた。驚いて食べるのを止め、首を樹上に出して周囲を見回すと、途端に沢山の石がチャドめがけて飛んできた。木の又においていた牙を咥えると、チャドは隣の木、隣の木と次々に飛び移って逃げた。

「ささ、ささ、…」

チャドの移動に合わせて何かが移動する音がする。果物の汁を飲んで一気に元気を取り戻したチャドは、次々に木を移っていく。何度も枝から枝に飛び移りながら、チャドは自分の身体が山に行く前より軽くなっているのを感じた。木から木へ、木が途切れると地面に降りて走る。そしてまた木を登る。チャドの速さに追手との距離は離れ、やがて何の音もしなくなった。チャドは果実のなる木を見つけるとまた食べ始めた。食べれば食べるほど、身体に力が湧いてくるのが感じられた。食べ物が無い中を山に登ることで、チャドの身体に蓄えられていた脂肪は使われ身体が軽くなった。その上、普段は使わない筋肉が鍛えらえた。ぎりぎりまで絞りつくされた身体に果実の水分と糖分が一気に流れ込んできたのがその理由だった。夢中になって食べ続けるチャドだったが、どこかの枝が揺れた音がしたと思った途端、

「しゅっ!」

また石が飛んできた。牙を咥え直し、チャドは隣の木に飛び移った。同時にいくつかの木で葉の揺れる音がして、追手の姿が垣間見えた。

『やはり、同じような身体をした奴らだ!』

戦うしかないとチャドは感じた。木が倒れて太陽の光が差し込む広い場所が目に入ったのでチャドは木を降りてそこに向かった。山に登って歩き続けた経験から、木の上ならともかく、地面なら自分の方が強いのではないかと考えたのだった。いくつか石が飛んできたものの、追手の手持ちの石が無くなったようだった。

「ざわざわ、ざわざわ、…」

木の上で枝を揺らして音を出し、追手はチャドを威嚇する。チャドはどの木からも離れている場所にすくっと立ち上がると、

「来い!」

そう言って、牙を手に持って振りかざした。その途端、それまで大きく揺れていた木の枝の動きが一斉に止んだのだ。自分達の天敵である猛獣の牙を持つチャドに、周囲を取り囲んだ追手は驚き、腰を抜かしたのだった。

「降りてこい!この牙で刺してやるぞ!」

チャドは高ぶる気持ちを抑えきれずに猛獣の牙をさらに高く掲げたのだった。風が草を揺らしていた。周囲の枝から気配が消えていった。自分達を引き離す速さ、そして、チャドの気迫と手に持つ牙に恐れをなして、追手はすごすごと帰っていったのだった。

(つづく)

決意

前の話に戻る。

山頂へ

物語の始めから読みたい方はこちらをどうぞ。

物語のはじまりから読むー「誕生」

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追手

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