草原のチャド1-8.山頂へ

草原のチャド

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チャドは手に持っていた猛獣の牙を口に咥えると、樹上から一気に飛んだ。隣の木の枝が見る間に迫って来た。丈夫でしなやかな枝を鷲つかみにするとすぐさま次の木を目指して飛び移って行く。幹から幹へ、枝から枝へ、木のしなりを利用して先へと進んで行く。早くあの山に登りたい。そして湖を見るのだ。その思いがチャドを突き動かしていた。

牙を咥えたあごの痛みが限界に達した頃、チャドは動きを止めた。別の果実のなる木を見つけて、そこで一休みすることにしたのだ。牙を手に持つと木から木に飛び移ることができない。口に咥えるとあごが疲れて痛くなる。不便だったが、それでもチャドは牙を捨てる気にはならなかった。

樹上に顔を出して方向を確認する。山が近づいてきた。同時に山がどんどん高くなっていく。頂上は霞で見えなくなっていた。

「きー!」

すぐ近くでチャドを威嚇する声が聞こえた。自分たちの餌を食べられるのが気に入らないらしい。チャドは牙を咥えなおして次の木に飛び移った。邪魔はさせない。とにかく山に向かうのだ。その気持ちだけがチャドを突き動かしていた。

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ついに山の麓にたどり着いた。ここからは登りになる。木を伝っていくのは難しくなるので地面を歩くことが多くなる。水気の多い果実を見つけていくつか手に取った。そのまま木陰に座ると疲れたあごで果実の端っこを噛み切った。果汁がじゅわっと口中に広がった。柔らかな風が吹いていた。身体の火照りが一気に消えていった。チャドは山を見上げた。生い茂る木のすき間に山肌が見える。頂上は相変わらず雲に隠れて見えない。

一息ついた後、チャドは山に登り始めた。木の根っこに足を取られながら少しずつ登っていく。普段生活している森の中は平たんなので、坂を上るのは初めてのことだった。猛獣の牙は手に持っていた。

「こんなに大変だとは思わなかった」

山のことを話してくれた長老を恨めしく思いながらチャドは登り続けた。

その晩、チャドは山の中腹で見つけた大木の枝の上で横になって眠った。

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明るくなったのに気がついてチャドは目を覚ました。

「この辺りで食べ物を探そう」

途中から木が無くなることを思い出してチャドは早めに食べ物を見つけるべく、周囲を見回しながら山を登って行った。だが、果実のなる木は見つからず、チャドは草の根っこを引っこ抜いて食べた。そういえばもう威嚇してくるものはどこにもいない。それは、その先に食べる物がないことを意味していたのだとチャドは気がついた。

木が少しずつ低くなっていき、やがて無くなった。日差しを遮るものも無く、チャドの歩みは遅くなった。食べられる草を見つけるとチャドは立ち止まり引っこ抜いて食べた。何度か戻ろうかと考えたものの、黄色い花のついた草をみつけ食べたところ、もっと上に行こうという気持ちが再び芽生え、更に歩みを進めていった。既に口の中はからからに乾いていた。鷲が頭の上を廻ったいるのに気がつくと、大岩の陰に隠れてやり過ごした。山を登っていくわずかな間にチャドはすっかり痩せて細くなっていた。ふらふらになって岩を乗り越えるとそこには何故か一本だけ木がすくっと立っていた。山の頂上だった。

「これに登るのだ」

もう何の為にこんなことをしているのかも忘れてしまうほど、チャドは疲れ切っていた。手にあった牙を口に咥えると、それでも木の幹を登り、枝をつかみ、ぶら下がった。風に枝がわずかに揺れている。ふと背中の側がキラキラ輝いていることにチャドは気がつき、元来た方に身体の向きを変えた。

輝く水を抱えた湖が眼前に広がっていた。

チャドは枝の上に身体を引き上げて、腰を落ち着けた。眼下を雲が流れていく。何も考えることなく、チャドは長い間湖を見つけ続けた。

(つづく)

追手

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物語の始めから読みたい方はこちらをどうぞ。

物語のはじまりから読むー「誕生」

山頂へ

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