棚田の恋1-9.失業

棚田の恋

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田んぼの除草が終わってひと段落。と思っていたがそうではなかった。病気の出やすい時期が来たのだ。この辺りではラジコンヘリでの農薬散布が当たり前で、いくつかの農薬を混ぜ合わせ、一つの田んぼに一回の散布で一気に病害を押さえるのだ。良太は、地元の農薬散布業者に手伝いとして貸し出されたのだった。三人一組となって軽トラック2台で田んぼを廻る。一台にはラジコンヘリ、もう一台に薬剤を積んである。

「薬剤はおめーからな。わけーひとめっかってえがったな(薬剤は重いから、若い人が見つかって良かったね)」

他のメンバーは嬉しそうに声をかけてきた。

良太は液体の薬剤をかき混ぜる役を仰せつかった。1つ10キロ以上あると思われる薬剤を2つ、ラジコンヘリに付いた散布用タンクに入れるのも良太の仕事となった。とにかく田んぼの数が多いため、一枚の田んぼにかけられる時間は限られていた。ラジコンヘリが飛んでいる間に次の薬剤の準備と忙しい日々となった。だが、この仕事を通して一緒に働く人達や農薬散布を依頼してくる近隣の農家と親しくなったのは、良太にとっては嬉しい出来事だった。

「なしてここさ来たの?(どうしてここに来たの?)」

ちょっとした休憩時に問われる質問はいつも決まっていた。棚田の事を話したのは何度目だろうか。最後に言われる言葉も決まったものだった。

「よそもんに田んぼさ貸すやつはこのへんにはいねーだろな(他所から来た人間に田んぼを貸す人は、この辺りにはいないだろうね」

良太はいつしかその言葉に慣れっこになっていた。

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お盆を過ぎた頃から、親方の機嫌が悪くなっていった。イナゴが普段より多く発生したのだ。

「今年は雪がいつまでも残っていたから、田植えの準備遅れたものな」

良太は黙って親方の話を聞くことしかできなかった。田植えまでの日数に限りがあったため、春先の代掻き後、田んぼに浮くイナゴの卵を集めて土中に埋める作業が疎かになってしまったらしい。殺虫剤には残留期間の制限があるため、稲刈り時期が近づいてからの散布はできない。そもそも既に成虫になってしまったイナゴには、薬は効きづらいのだ。稲を食い散らしながら飛び回る米農家の天敵。見ていることしかできないのが、良太は歯がゆかった。

「すみませーん、イナゴ獲らせていただいても良いですか?」

背中から声がかかった。振り返ると観光客らしき老夫婦の笑顔があった。

「どうぞどうぞ、どれだけ獲ってもらっても良いですよ」

良太は笑って答えた。

「佃煮にしたいの。でもペットボトル二つあれば十分だわ」

嬉しそうに奥さんが言った。

「こんなにイナゴがいるなんて、宝の山ですね」

ご主人も笑って言った。

「いやー、どうですかね。米の収穫量落ちますからね」

苦笑いしながら良太は答えた。

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稲刈り・脱穀、乾燥、籾摺り、袋詰め、出荷。目もくらむような忙しさの中、米農家にとって最も忙しい秋が過ぎていった。結局、良太が務める農業法人の米収穫量は普段の8割となってしまった。惨憺たる結果だった。

鈍色をした厚い雲がどんよりと空を覆っている。ここ数日太陽を目にすることはなかった。がらんどうとなった倉庫の中は、もみ殻や細かい塵が薄く積もっている。晩秋、東京では考えられないほどの寒さが足元から忍び寄ってくる。良太は一人乾燥機の拭き掃除をしていた。ふいに倉庫の中に入ってくると親方が言った。

「良太、明日から来なくていいぞ」

「は?」

良太が問い返すと親方は視線をそらした。

「米の収量少なかったから、冬の間おめえに払う給料さねーもの」

それだけ言うと、親方は足早に立ち去った。

良太は茫然と立ち尽くしていた。

(つづく)

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