棚田の恋1-7.田植え

棚田の恋

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田植えの前に苗を育てるのは稲作にとってとても重要だ。「苗半分」つまり苗を上手く育てることは、米作りにおける収穫までの仕事を半分を終わったようなものだという人すらいるほどだ。

昔は田んぼの一部を苗代として区切って苗を育てていたが、現在は田植え用の苗はダシと呼ばれるうすい長四角の箱で育てられる。ダシの深さは指の先端から第二関節位まで、そこにやや酸性の苗用の土を入れ均す。そして密に種を蒔く。蒔き終わったらビニールハウスに並べて毎日水をやり続けなければならない。コンプレッサーのスイッチを入れれば自動で散水できるので大変ではないものの、さすがにハウス内にむらなく散水するのは無理で、上手く水がかからない場所があれば最後は人力だ。苗を育てる上では温度管理が重要だ。寒ければ田植えの予定までに苗が育たない。熱すぎれば苗の上部が焼けてしまい、田んぼに植えてからの生育に悪影響が出る。晴れたと言えば急いでハウスに風を通し、寒いとなればすぐさま窓を閉じる。田植えまでの一時期は米農家にとって気の休まらない日が続く。

苗作りの前半時期はまだ東京にいたが、後半はどっぷりつかっていた良太だった。温度管理に多くの神経が費やされるものの、ビニールハウスに居続けるわけも行かず、出かけて天候が変われば急いで戻る。そういう毎日の繰り返しだった。田んぼは耕された後水を入れ、畦から水漏れがないように管理が必要となる。そして、稲の水の浸かり具合を一定にするために、田んぼの土の高さを一定にする代掻きが行われる。水を入れた田んぼの中をトラクターで土を均す作業は慣れが必要なので、なんでもすぐやらせる親方も良太にやらせることはなかった。その分、ビニールハウスの温度管理、田んぼの水管理の多くは良太の担当となった。水路に土砂が流れ込めば取り除かなければならないし、何より田んぼの数が200枚と場所を覚えるだけでてんてこ舞いの良太だった。のんびりしている暇もなく2週間が過ぎ、田植えが始まった。

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稲をハウスから出す日に寒くなるとその後の生育が良くないという。毎日翌日の天気が気になるが、こればかりはどうしようもない。全てはお天道様に任せるしかないのだ。朝、苗に水をかける。土が水を含んで重くなったダシを軽トラックのダシラックに運搬。苗を植える田んぼまで軽トラで出向く。水路から水を吸い上げ放水機で苗に水をやりながら田植え機でやってくる親方を待つ。田植え機にダシを載せると親方は即座に田植えを始める。田植え機が田んぼを行ったり来たりする間だけが気の休まる時間だった。しかし、田植え機が戻ればすぐさま次のダシとカラになっただしを交換しなければならない。作業が遅ければ「のろま!」との声がかかる。いやはや、大変な仕事を選んでしまったものだと良太は考えた。とは言え、身体を動かすことは好きだし、何より給料をもらいながら米作りが学べることは良太にとってありがたいことだった。寒い土地故に、五月に中旬にも関わらずなんと雪がちらついて驚いたりもしたが、十日ほどを要して田植えは無事終了した。その日、夜になって田植えの慰労会となった。早苗饗(さなぶり)というらしい。余所者の良太は、ここに来て初めて米作りを依頼してきた周辺の人々に正式に挨拶したのだった。何人かは田植えの時に挨拶をしていて顔見知りだったが、言葉が通じない時もあって苦笑した。田植えの作業をねぎらってくれる人々の態度から、米の産地にとって大事な行事であり、信頼があってこその依頼なのだという事を肌で感じた良太だった。

田植えが済むと稲の根が張るまでの数週間は畦の除草作業だ。良太は初めて経験する刈り払い機で毎日違う田んぼを除草して回った。米農家の仕事の多くは除草作業となる。初夏に入って最初に伸びるのは畦の雑草だ。田んぼの周囲に雑草が伸びれば草を食べに虫がやってきて、虫がやってくれば根がついて成長を始めたばかりの稲の葉も食べられてしまう。良太は慣れない刈り払い機を抱えて毎日畦の除草に汗を流した。他に肥料をまく作業もあったが、均等にまくのはコツがいるとのことで良太は作業から外された。親方の言い分はもっともで、良太にしても自分のせいで稲の生育が悪いとなるとばつが悪い。有り難く除草作業に勤しんだのだった。

良太が務める農家では有機認証を受けた田んぼとも農薬米として米を販売する田んぼを抱えていた。それらの田んぼでは当然除草剤は使えない。また、田んぼを走らせる除草機があるとは言え、完璧に除草できるとはいいがたいものだ。結局のところ、それらの田んぼの中は人力での除草となるのが常なのだと言う。農家としては毎日1ヘクタールの田んぼを除草したい。それには行ったり来たりを数十回繰り返す必要があり、当然一人で出来るものではない。近隣からその時期だけのアルバイトを雇い除草してもらうことになる。そして、アルバイトの送り迎えと作業の管理は良太に任された。任されてと言っても指示だけ出せば良いわけではない。田んぼの中に入るのさえ初めての良太だったが、アルバイトに来た十人程度の人々と一緒になって田んぼの中を行ったり来たり。中腰になって除草作業するのだった。

このアルバイトの人達には更に取りまとめの親方がいて、基本的な指示はその親方が出した。60を超えていると思われる親方が声をかけて、一列に並んで田の中を進む。その他は妙齢の女性のようだった。ようだったというのは、彼女らは常に頬かむりのついた麦わら帽子を冠って、日焼けしないように顔を覆っていたため、良太はどんな人達が来ているのかよくわからないのだった。作業着も全員がモンペ着用で、背丈以外に個性が見え辛い。唯一昼飯の時だけは顔を出す女性もいたものの、そんな時さえタオルをしたままの人も半数を数えた。よって、顔はもちろん年齢もよくわからなかった。親方は奥さんも作業に加えているようで、奥さんを呼ぶ時だけは「おい」と声をかけていた。それ以外は全て名前の呼び捨て。「涼子」「陽子」「早苗」「ゆかり」幾多の名前が飛び交うが、その時はだれが返事をするか注意してみている必要がある。午前の休憩、お昼、午後の休憩と、ジュースと称して飲み物を渡さなければならないのだ。そして渡す時ににさりげなく「さん付け」で名前を呼ぶのが作業を円滑に進めるうえで重要だと良太はすぐ気が付いていた。数日すると何となく全員の名前を憶えて、ジュースを渡せるようになった。そうすると女性陣の方でも良太を気に入ってくれて、昼飯時におかずを分けてくれたりするようになった。そうやって良太は少しずつ皆に馴染んで行った。

(つづく)

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