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大きくなるにしたがってチャドは自分のことは自分でやるようになっていった。そしていつしかチャドも力のある若いオスの役割を負うようになっていた。母親は次の子供の面倒を見ることにかかりきりで、手のかからなくなったチャドから自然と離れていった。そもそもメスはメス、オスはオス同士で、お互いに毛づくろいしたり共同で食料調達にいったりするのが当たり前のことなのだ。唯一赤ん坊の時だけが、オスメス隔てのない時期だった。
強く、そして早く動けるようになったチャドは、毎日餌探しに忙しかった。別の集団とのもめ事の時にも積極的とは言わないまでも戦う頭数には入っていた。森の中の仲間達の普段行かない場所、つまり縄張りを越えた土地への探索も積極的に参加した。森の奥は薄暗く、なんだかわからない生き物の鳴き声がしたりと怖い時もあったが、川の渡り方を憶えたり、登るのが大変そうな高い山を見つけたりと、新たな発見の連続だった。仲間の中である程度の位置を得たにも関わらず、チャドは時々一人で森の端まで出かけて行き、草原を眺めて過ごすのをやめなかった。食べることと若いメスの気を惹くことしか頭にない他のオス達は、チャドのそんな振る舞いを笑ったり馬鹿にしたりした。それでもチャドは仲間の目を全く気にすることなく草原を眺める時間を大切にしていた。
草原を眺めて過ごす時間はチャドに色々な知恵を与えてくれた。雲が多くなるとやがて雨が降ること。雨が降った後は小さな草の芽が赤土の中から無数に出てくること。草が増える時期もあれば減る時期もあること。草が増えると小さな動物も増えること。小さな動物が増えるとそれに連れてやや大きな動物が現れ、更にその動物を狙って猛獣がやって来ることも知った。そして、他の動物に直接襲いかかる猛獣もいれば、その猛獣の食べ残しを漁る動物もいることがわかっていった。
森の端っこの岩はチャドにとって指定席のようなものだった。時折、小鳥が降り立つのを除けば、仲間はもちろん森の生き物がここに来ることはなかった。とはいえ、危険な目にあったこともある。それはチャドが岩に寝そべって草原を眺めているうちにうとうとと眠ってしまった時のことだった。いつも単独で来ているため、当然警戒の声を発してくれる仲間など近くにいやしない。餌にありつこうと近づいて来た猛獣にチャドが気付いたのは、大きな牙が鋭く光るのがわかるほど近くにやって来てからだった。岩の上で寝そべりながらこれまで猛獣の狩りを何度も目の当たりにしていたため、チャドは彼らの足の速さを充分に理解していた。
『逃げられない!』
チャドは唾を飲んだ。そして少しでも猛獣から遠ざかるべく岩の上で腰を浮かせたのだった。
(続く)
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独り立ち
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