PROJECT BABEL a-7 完

PROJECT BABEL

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「An-225 ムリーヤ?かつての世界最大の輸送機か。翼幅はいくつだ?」

デイヴィットが落ち着いた声で質問する。

「88.4mです」

やや離れた所にいた航空マニアの管制官が横から口を出した。

「アルファ・ベータ間は100m、両方破壊されることは無いということだな。あくまで爆薬を積んでいなければの話だが…。インドネシア空軍に、いや、インドネシア大統領にスクランブル発信の依頼をかけろ」

デイヴィットは一瞬だけ考えるポーズをしたものの、躊躇なく指示を発した。

「了解」

ヨーコがすぐさま応じて通信機器を操作する。

「デイヴィット、空軍、大統領共に天候を理由にスクランブルが遅れると言っています」

ヨーコの声が管制室に響き渡り、辺りに絶望的な空気が満ち始めていた。

「予め情報を得て、様子見を決め込んでいるな。充てにはできないな。テザーを切り離すか、…いや、それしかないな」

デイヴィットはすぐさま宇宙エレベータとの通信機に駆け寄った。

「所属不明のAn-225 ムリーヤが当施設に向けて飛行中。アルファ、ベータ共にすぐさま地上とのエレベータテザーを切り離せ」

迷いのない、力のある言葉がデイヴィットの口から発せられた。

「デイヴィット、切り離すのは地上施設の方だ」

しばしの間が開き、スピーカーからアシュケナージの声が聞こえてきた。

「どういう事だ?」

デイヴィットが聞き返した。

「エレベータテザーを高度1万5千mまで引き上げる。An-225 ムリーヤはその高度まで飛べない。爆薬を満載していれば尚更だ」

アシュケナージの冷静な声に管制室は驚嘆の声で包まれた。

「その手があったか。わかったすぐさま切り離す。それにしてもマイナーな輸送機の事まで良く知っているな?」

先ほどまでの深刻な雰囲気はがらりと変わり、デイヴィットが明るい声で答えた。

「なに、旧東側諸国の情報なら任せておけ」

モニターの中の、普段は抑揚のないアシュケナージの表情にかすかに笑みが見えた。

「そうか、助かるよ」

デイヴィットがモニターに向けて親指を立てた。

「テザー地上部解放終了。高度1万5千mまで巻き上げ始まっています。デイヴィット、輸送機攻撃の報道がなされて、わが社の株が暴落しています」

ヨーコが別のモニターを覗いて大きな声を出した。

「この事件はもう解決だ。株を売った奴らは後悔するだろう」

手元のタブレットをいじりながら、デイヴィットはほくそ笑んだ。

別のモニターには蛍光色を発するエレベータテザーが空に吸い込まれていく様子が移っていた。

「おっと忘れるところだった。地上施設降下だ。ここは地球全体を滅ぼすに足る核廃棄物の集積地だということは、ある程度の攻撃力を保有する国家元首ならば皆が知るところだ。万が一にも攻撃してくる馬鹿はいないとは思うが、この際テロ行為の無意味さを見せつけてやろう」

施設全体に警報が鳴り渡り、やがて微かな振動が始まった。地上施設全体が地下に降下し始めたのだ。デイヴィットはあくまで上機嫌だった。

「An-225 ムリーヤ、進路変更。遠ざかって行きます」

ヨーコがレーダーを見ながら言う。先ほどから大忙しのはずなのだが、終始冷静に対応し続けている。他の管制官から安堵の声が漏れた。

「インドネシア空軍から通信、スクランブル発信の準備ができたとのことです」

片耳だけヘッドセットに付けたままヨーコが言った。

「やはりな。今更ではあるが、頼むと伝えてくれ」

デイヴィットはあきれたように肩をすくめた。

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しばしの緊張の後、施設全ての人員にデイヴィッドからコーヒーの差し入れが施された。その直後のことだった。

「インド洋上空にてストラトラウンチの航行を確認。所属は不明。通信を受け付ける様子もありません」

広範囲レーダーをモニタしていた管制官が大きな声を上げた。

「ストラトラウンチだと!馬鹿な!宇宙エレベータの完成で存在意義を失い解体されたはずだ!」

デイヴィッドは慌ててコーヒーを拭きこぼした。しかし、コーヒーが沁みたシャツを気にする暇はなく、両手で頭を抱えた。

「解体されたのは企業体のみです。機体の解体は確認できていません。それにミサイルで衛星を軌道に乗せる能力の意味は無くなりましたが、同じくミサイルで衛星爆破できることを考え合わせれば、攻撃能力については未だ有効だと思われます」

管制官が答えた。先ほどAn-225 ムリーヤの翼幅を答えた航空マニアの男だった。デイヴィッドはがっくりと首を落とすとふらふらと歩みを進めて、宇宙エレベータとの通信機器に再度近づいて行った。

「アルファの2号エレベータ、ベータの3号エレベータ乗員は速やかに退避。インド洋をストラトラウンチが航行中。ミサイル攻撃に入ると思われる」

そう言い終えると、デイヴィッドは機器に手をついたままがっくりと膝を折った。

「西と東が一緒になって我々の排除に掛かって来るとは…」

静寂の中、デイヴィッドの声が管制室にいる者の耳にため息と共に伝わった。

「デイヴィット」

スピーカーからアローンの声がした。

「アルファの2号、ベータの3号を中間設備方向に引き上げる」

アローンの声に悲観した様子は無かった。

「何だと?」

デイヴィッドが折れた膝を伸ばしてマイクに向かって叫んだ。

「ストラトラウンチ。世界最大の航空機にして空中ミサイル発射装置。確かに素晴らしい性能を有しているが、この機体から発射されるミサイルは低高度衛星までしか届かない。つまり、ほんの数十kmエレベータを上昇させれば充分切り抜けられるんだ。既に地上と切り離されているから何とか間に合うだろう。最初の輸送機と逆の手順だったら危うかったから、運が良かったよ。もしかしたらエレベータテザーが多少やられるかもしれないが、なに、予備もあるからなんとかなるさ」

アローンの提案に、第三の宇宙エレベータ通称「ガンマ」用に機材を運び終えていることをデイヴィッドは思い出した。

「ストラトラウンチの性能まで良く知っているものだな。それに、エレベータ本体の高度を上げるなんて思いもしなかった。たいしたものだ。CEO(最高経営責任者)を代わってくれよ」

デイヴィッドは半分本気でそう言った。

「西側の情報なら任せてくれよ。エレベータ本体の上昇についてならデイヴィッド、君も宇宙に来れば思いつくようになるさ。ここでは全ての概念がひっくり返るからな」

アローンの口から出た西側の情報という言葉の直後、珍しくアシュケナージの笑い声がスピーカーから聞こえてきた。デイヴィットも苦笑するしかなかった。

「アローン、アシュケナージ、君達に特別ボーナスを支払いたい。何が良いかな?もちろん地上に戻って来るのだって大歓迎だ」

デイヴィッドがカメラに笑顔を向けて言った。

「それならエレベータ以外に保養施設を作ってくれないか。エレベータ内は狭すぎるんだ。くつろげる場所が必要なんだよ」

アローンが言い、アシュケナージが同意した。

「わかった。ガンマエレベータ工事の前に保養施設を作ろう。皆が手足を伸ばして楽にコーヒーを飲めるような素敵なものをね」

デイヴィッドがウインクした。

「デイヴィッド、せっかくだから君用の椅子も設置してくれよ。玉座のような立派なものをね」

アシュケナージが注文を追加した。

「僕の椅子をかい?」

デイヴィッドは驚きの声を上げた。

「いつか来るんだろう?その時は盛大にお迎えするよ。ダビデとして統治する君を迎える、素晴らしいパーティーを開こう」

アローンが言った。

「行くよ。必ず行くと約束するよ」

真直ぐカメラを見てデイヴィッドが言った。

「ここはコロニー(植民地)じゃない。デイヴィッドが言う、フロンティア(開拓地)という言葉にぴったりな場所にしていこうぜ!なあ、皆!」

アシュケナージの言葉とそれに続く掛け声が宇宙エレベータ中に響き渡り、皆の気持ちはスピーカーを通して管制室にも伝わってきた。

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「デイヴィッド、ガボン共和国で宇宙エレベータ建設に着手するとの発表がなされました」

コーヒーの染みたシャツをデイヴィットが着替えた直後のことだった。日暮れを迎え、夜間要員と交代する前に最後の情報確認をしていたヨーコが大きな声を上げた。

「ガボン共和国?アフリカ西海岸の赤道直下の国だな。ガボン共和国でとは?誰がという情報が欠けているようだが」

一旦、ヨーコに質問しかけたデイヴィッドだったが、すぐ腑に落ちたらしくこう言った。

「チャイナか」

ヨーコは何も口にしないものの、彼女の眼はデイヴィッドの推理が当たっていると語っていた。

「東、西とくれば、その後は、そうだよな。必然とも言える」

あごに手をやってデイヴィッドは呟いた。とても一日に起きたこととは思えないような出来事の連続に、普段は身ぎれいにしているデイヴィッドの下あごと首にはすでに無精ひげが覗いていた。

「既に市場が開いているヨーロッパではわが社の株式が暴落しています。これから開くアメリカでもおそらく…」

ヨーコの顔には暗い影が差していた。

「この攻撃はきついな。物理的攻撃以上にわが社はダメージを受けるかもしれない」

デイヴィッドの憂鬱そうな表情はヨーコのそれ以上だった。

「デイヴィッド、俺だ、アキラだ」

突如、スピーカーからアキラの声が聞こえてきた。

「アキラ!今の話を聞いていたのか?どうやって?マイクを入れたはずはないんだが」

デイヴィッドが慌てて通信機に駆け寄った。

「今更何を言っているんだ。東のアシュケナージ、西のアローンときたら、もう一つ有ってしかるべき大事な国があるだろう」

「…、日本!そうだよな。その通りだ」

にやりとしてデイヴィッドが言った。

「世界中のジャーナリストと連絡を取れ。見出しは『新たな宇宙エレベータは無謀な賭け』だ。ガボンは遠い、チャイナから遠すぎるんだ。中東、スエズ、彼らはいったいどこを通って物資を運ぶつもりなんだい?通り道は一筋縄でいかない場所ばかりだ。赤道ギニア、コンゴ共和国、カメルーン、周辺の国もだまっちゃいない。もちろん旧宗主国のフランス、スペイン、イギリスも目を光らせている。簡単に造れるわけがないんだ。計画の浅はかさを徹底的に叩け!」

「わかった。すぐ手配する」

アキラの提案にデイヴィッドは笑いながら、そして迷うことなく同調した。

「情勢が変わらなければ最後は君がメディアに出ればいい。このプロジェクトが始まった時のことを思い出せ。君の発信力は凄まじい。自信を持ってこう言うんだ。『世界中の核廃棄物を彼らに預けて不安になりませんか?』とね」

アキラの指示にデイヴィットは苦笑しながら頷くしかなかった。

「よし、では最後だ。投げ売りで暴落した株を全て買い取れ。今の君の財力ならできるはずだ。これで全てのしがらみが無くなるんだ。つまり、宇宙エレベータは真のフロンティアとなり、国家として独立できる。国名は言うまでもなくBABELだ」

「全く、君達はやはりトリプルAだな」

デイヴィットは両手を上げた。

「俺達のフロンティアは俺達で守る。デイヴィット、君が造ったBABELに崩壊はない」

アキラの言葉は、アルファ、ベータ、そして、地上施設にいる全ての人々の胸に響き渡った。

 

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