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「君達のお陰だよ。ありがとう」
地上への落下防止策としてアンカーを設置。アンカー用の筒一つを宇宙へ輸送することによって5万ドルの売り上げになるというデイヴィッドの魔法のような営業手法。そのことによって、売り上げが発生した。これまでの事業投資による赤字経営が続いているとは言え、営業利益が上がることによってアメリカ株式市場への上場を果たしたというのだ。
「もうすぐワインが届くはずだ。楽しんでくれたまえ」
モニターの向こうでデイヴィッドがグラスを掲げた。
2万㎞を越える補強用テザー張りと1号エレベータの更に先に設置する数十本に及ぶアンカー。昼夜を問わず(宇宙に昼夜はないが)上がって来る物品をさばく為に、すぐさまCチームがやってきた。今回はエレベータに乗っている間、強制睡眠をとるという施策がなされた。結果としてCチーム3人の内、チャールズとカルロスの2人が生きて宇宙エレベータに到着した。人員輸送の成功率は33%から66%に上昇したことになる。この朗報(1人は失敗したわけだが)にデイヴィッドはご機嫌だった。
「同じ名前なんだから仲良くしてくれよ」
そう言い残してモニターのスイッチはオフになった。
2人は地上でしばし衝突していたらしく、同じ施設での作業をいやがった。話し合いの末、カルロスとバタオネが中間設備に行き、現在中間設備にいるアキラが1号エレベータに移動することとなった。チャールズは2号エレベータに残ることになった。3か所の施設にそれぞれ2人ずつの配置となったわけだが、アンカー設置作業がある分1号エレベータの作業負担が大きい事は明らかだった。すぐさまDチームを送るとの返事が地上からあったものの、一向に来る気配は無かった。地上通信員のヨーコが言うには、宇宙服の製造が間に合わないらしい。
「わかったよ。全物品の発送が済み次第、俺が1号に移動する。それまでにはチャールズもここに慣れるだろう」
地上からの移動に比べれば身体的負担は少ないとみて、2号エレベータから1号エレベータへの4万8千㎞の移動をアローンは自ら進言した。補強用テザーの接続時とアンカー放出時には宇宙空間での作業となる。高度の高い1号エレベータ周辺では少ないものの、中間設備と2号エレベータでは宇宙デブリ(ゴミ)との接触など、危険も多い。
「結局どこに居ようとも命を失うリスクと隣り合わせ。それが宇宙だ」
アローンの胸にはすでにその言葉が刻まれていた。
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「君達のお陰で、宇宙エレベータ事業に掛かる保険代が減額となった」
デイヴィッドの声がスピーカーから聞こえてきた。落下防止作業が一段落したことで、特別に許されたワインによる乾杯の後だった。ストローでワインを楽しんでいたアローンだったが、ビジネスの話であれば、モニターに耳を貸さないわけにはいかない。それぞれ2万4千㎞の距離があるため、アシュケナージやアキラにはわずかな時差を帯びてデイヴィッドの声が届いていた。
「宇宙での工事はリスクが大きい。これまでは事業と同額の保険料を要していたんだ。だが、最初のエレベータが無事完成して、営業利益を生み出しつつあることで、ロイズが新たな金額を提案してきた。なんとこれまでの1/4で良いというんだ」
デイヴィッドは高らかに笑った。
「どういうことだ?」
やや時間を置いてアシュケナージの声が問いを投げかけた。
「つまり次のエレベータ設置に要する保険料が1/4になったんだ。これは凄いことなんだぞ。当然わが社はこの話に乗ることにした。なに、資金のことなら心配しなくていい。最初のエレベータの成功を見て、金を出すという投資家は引きも切らない。既にわが社の株式時価総額は世界7位となっている」
デイヴィッドの冷静な声は3か所の施設に届き、そこにいる6人の胸にわずかな時差の後治まった。
「待てよ。じゃあこのまま次のエレベータ設置作業に入るってわけか?」
アキラの声にはわずかに怒気が含まれていた。
「当然だ。1基だけでは何か事故があれば全てがストップしてしまう。いや、ストップどころか1からやり直さなければならない。最低でも2基のエレベータが必要なのは、わざわざ言うまでもない話だろう。今後、君達がいるエレベータはアルファと呼ぶことになった。次がベータだ。今回はアルファのようにロケットを発射する必要はない。高速で移動しながらのテザー接続もしなくて済むんだ。建設費用は実に1/10となる。つまりベータに掛かる保険料はアルファに比べて1/40になるということだ。この事業を進めない経営者が世の中にいると思うかい?」
デイヴィッドの長い話は宇宙エレベータの壁に空虚に響いていた。
「皆聞いてくれ。ボイコットだ」
アローンが低い声で言った。この数週間、1回2時間以上睡眠をとったことは無かった。2時間交代、休憩時の2回に1回を食事と排せつに充て、その他は睡眠。1日で見れば長く見える休憩時間も、その実半分は宇宙服の着脱にとられてしまうのだ。6人全員が疲れ切っているのは明らかだった。
「こちらもボイコットだ」
「こちらも」
3か所全てで作業のボイコットが決まった。
「どうするの、デイヴィッド?」
ヨーコがデイヴィッドを振り返って言った。デイヴィッドはどうしようもないという身振りをしたが、すぐにヨーコの前に並んでいる管理機器のスイッチを指さして言った。
「そのスイッチを全てオフにしてくれ」
ヨーコは驚いて目を見開いた。
「生命維持装置のスイッチですよ。何を考えているんですか?」
「おや、躊躇なくできるはずじゃなかったかな?君ならば」
デイヴィッドは不思議そうに首を傾げた。その時になって、ヨーコは自分がこの施設に来ることになった理由を思い出した。スイッチに伸ばすヨーコの手が震えていた。
「3分だ。3分間たったらオンにしてくれ」
それだけ言うとデイヴィットは、高い靴音を残して部屋から出て行った。ヨーコは6人全員の生命維持装置をオフにした。
続く
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