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川は大きく蛇行を繰り返し、先が見えなかった。途中餌の確保が難しく、チャドは草原を流れる川岸を進んでは森に戻るという日々を繰り返した。時々大きな動物が水を飲みにやってくる。相手はチャドのことなど気にもしないが、こちらはおっかなびっくり。冷や汗をかく毎日だった。毎日へとへとになるほど歩き、これ以上は無理という所まで進むと周囲を見回してため息をつき、森の端っこに戻って眠るという毎日だった。とは言え、チャドの成長は目覚ましかった。歩きも日を追う毎に速く、遠くまで到達できるようになっていったのだった。
朝の靄に道を無くしたかのように、チャドの足はふらふらとしておぼつかなげだった。昨日から急激に疲れやすくなり、頭痛、吐き気、熱に悩まされていた。森の中で発熱したのならそのまま出発をひかえることもできたものの、どうも身体がおかしいと感じたのが草原の途中、ずいぶん歩いた後だった。森に戻るのも、先に進むのも難しい。
「どうするべきか」
だが、そんなことを考える余裕もなく、チャドの歩幅はどんどん狭くなり、ついに膝が崩れた。そのまま岸から滑り落ち、川に半分浸かった状態で薄ぼんやりとした意識の中を彷徨っていた。目もいつになくうつろだった。この時に猛獣に襲われたらひとたまりもなかったであろう。そこだけはチャドの運の良い所だった。ちょうど、川が大きく曲がって、周囲から見え辛く、また、本流から細く分かれた小川ともいえる支流の中だったからだ。水に浸かりながらも、仰向けになることで何とか息もできた。いつまでも川に浸かっていては命が危ないと考えて、チャドは全身の力を振り絞って岸に這い上がった。だが、そこで力尽き、意識は遠のいていった。チャドのそれは、そう、マラリアの症状だったのだ。薄靄の中で蚊に刺されたことさえも、チャドにとっては思い出せないほどの遠い記憶だった。
「このまま死ぬのだろうか?」
チャドは考えた。いっそ、その方が楽かもしれないと思うほど頭は割れるように痛み、身体の自由はきかなかった。視界には霞がかかっていた。何度か意識が遠のくのを感じた。
「死ぬのか…」
目を開くのも辛い中、チャドはなぜこのような辛いことをしているのかと思いを巡らせた。
「いや、自分は湖を見るのだ」
ふいに、旅のきっかけを思い出し、チャドはかすかに顔を持ち上げた。
「カサカサ、…」
こんな状態になっても手から離さなかった猛獣の牙を腹の上に置くと、どうにか動く手で音のする方を探ってみた。何かが手の中に入った。沢蟹だった。はさみをばたばたさせてもがいている。チャドは沢蟹を口に入れ、一気にかみ砕いた。
「生きるのだ」
口の中に広がるじゃりじゃりとした感触に戸惑いながらも、チャドはまた眠りに落ちて行った。
目が覚めると身体が軽いのがわかった。熱が治まっているとチャドは感じた。ゆっくりと上半身を持ち上げて、ふらつきながらも立ち上がることができた。前身を川に浸すと汚れを落とす。そのまま水の流れに従ってチャドは歩き始めた。
川で取れるものを食べられるようになったので、チャドは森に戻る必要がなくなった。ひたすら歩き、休み、また歩いた。一度だけ川が細くなり地面に消えたことがあった。チャドは焦り、どうしようかと悩んだ。が、山から見た風景を思い出し、水が消えた方向にまた歩き出した。水はそこだけ地下に潜っていたのだった。その頃にはチャドはとてもうまく歩けるようになっていて、太陽が出ている間の地面の熱さも、さほど気にならなくなっていた。森にいた時は考えられないほどチャドの足は強くなっていたのだった。チャドは猛獣に出会わないように、時折草原の茂みに隠れて休んだ。休みながら草の根っこを掘り、口に咥えて水分を補給するのを忘れなかった。これまでの経験全てがチャドの中で生きていた。
しばらく歩くとまた川が地表に現れた。チャドはひたすら歩き続けた。そうして、川幅が広くなったと感じていた時だった。小さな丘を廻ると、目の前に突然湖が現れた。チャドは立ち止まり、そのまま動けなくなった。
水面がきらきらと輝いていた。湖面を低い雲が渡っていく。ナツメヤシの木が湖畔にそって整然と並んでいる。樹上の大きな葉が早く来いとチャドを誘っているように風に揺れていた。以前蜃気楼が見せてくれた光景そのままだった。あれほど憧れた湖が、満面と水をたたえて手の届くところに広がっているのだ。チャドは立ち止まり、そのまま動けなくなった。
「ぐ、ぐー」
しばらくするとチャドのお腹がなった。
「ああ、そう言えば食べてなかった」
チャドは湖に向かって歩き始めた。あれだけナツメヤシがあれば、好きなだけ食べられる。湧き上がってくる元気にチャドは舌なめずりした。
「きゃー!」
突然叫び声が聞こえてチャドは飛び上がった。女の子の声だ。
「助けて!」
手に持っていた牙を自然に構えて、声のする方に向かってチャドは駆け出した。躊躇している暇はなかった。
(つづく)
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