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海峡を渡ってたどり着いた土地で、右へ行くか、そのまま進むか、僕らは選択を迫られた。日の出の方角から考えると、右へ行けばいつかは離され島が元あった場所に着くことになる。男衆と離ればなれになった海辺の村近くの台地ということだ。もちろん、台地は離され島となって流されてしまったので、今は無い。けれどそこに行けば、その先は自分達が以前に旅した道をひたすら逆に戻れば済む。川を遡る途中まで筏を使えることになるし、その後の村までの道を知っているということは何より安心だ。方やそのまま進む場合は、知らない土地を行くことになる。どんな土地が、人々が、あるいは危険が、その先に待っているのかわからないということだ。こうなると、選ぶ道は一つに思える。皆で相談した結果、僕らはそのまま進むことになってしまった。話は単純だ。男衆との旅は村から日が昇る海に向かうものだった。そして、右に進めばその目的地に行き着くことになる。つまり目の前にある陸地の向かって左側に日が沈む海、そして村のある陸地、右側に日が昇る海という配置となる。ということは、右に行くという事は、一旦村のある場所を通り過ぎて進み、海辺からかなりの日数をかけて戻ることになる。つまり、遠回りなのだ。もちろん、ケンや僕は、見知った土地に行き着く可能性の高い右を主張した。でも、その案は即座に却下されたのだ。
「どちらが早く着けそうなの?」
テラが言った。
「近道か遠回りかで言えば、真直ぐが近道、右が遠回りかな」
ケンとラウトがお互いの意見を確認するように顔を見合わせながら答えた。
「じゃあ、真直ぐで決まりね」
唖然とする僕らに向かって、テラはにっこり微笑みながら言い放った。
「あなた達ならできるよ」
そう言われたらやるしかない。男の子をやる気にさせることなど、テラにとっては造作もないことだったのだ。
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「まあ、良いんじゃないかな。離され島を出る準備をしている時に僕が言っていた潮の流れは、こちらの道に続いているみたいだからね」
ラウトが笑いながら言った。
「うん、まあ任せるよ。太陽や星から今いる位置がわかるのはラウトとケンだけだからさ」
僕は二人に向かって手を合わせて頼んだ。風が僕らに味方してくれた。潮流の中心に乗れば一番早く進むことはわかっているのだけれど、そうすると陸地から離れすぎてしまう。食料については魚を獲れば済むのだけれど、水の補給が難しくなる。南から吹く優しい風が筏の進行を助けてくれて、岸が見える程度の距離を保ちながらも進むことができた。陸地に見える河口を気にしながら、毎日夕方になると海岸に降り立ち野営をする。朝になると、水を補給して、また海に出る。そんなことを繰り返しながら、僕らは北東に向かってひたすら進んで行った。
海に突き出た大きな陸地を迂回した頃から、僕らの話し言葉に近い人々と出会うようになった。
「そろそろかな?」
北の夜空に浮かぶ動かない星を見つめながらケンが言った。
「そこのところはケンの記憶を頼りにするしかないね」
ラウトが返事をする。行く先々で僕らの村のことを尋ねて歩くようになった。星屑石のある村は珍しいはずだ。だれかがうわさだけでも知っているに違いない。そう考えたのだった。
「もしかして、通り過ぎたかもしれないよ」
ケンが弱音を吐いたその晩、砂だまりのある河口で野営をしていると、夜釣りをしに来た男とかち合った。
「おお、びっくりした。お前達、こんな所で何してるのだ?」
「驚かせてすみません。僕達、星屑石の村に帰る途中なのです」
相手の問いに僕らはいつも通りの返事をした。だが、返ってきた言葉は逆に僕らの目を大きく見開かせるものだった。
「ああ、星屑石の村か。それでここにいたのか」
男はほっとしたようにそう言ったのだった。
「え、星屑石の村をご存じなのですか?そこにはどうしたら行けるのでしょうか?」
僕は息せき切って男に尋ねた。
「なんだよ、そこから来たのではないのか?」
訝し気に男は言った。
「そうなのですが、僕達、帰り道がわからなくなってしまったのです」
「なんだ、そういう事か。それなら、この川をずっと上がって行けば良いよ。かなり遠いけれど、必ず着けるはずだ」
男の言葉に僕らは顔を見合わせた。
「ありがとうございます!」
僕らは全員揃って男に頭を下げた。
「おっと、この川は時々大水になるから、雨が降ったら気をつけるのだな」
そう言うと、まるで何事もなかったかのように男は海に向かって歩いて行ってしまった。
しばらく呆然とした後、僕らは改めて焚火の周囲に腰かけた。ぐるっと見回すと、どの顔もほのかに頬が赤らんでいる。その興奮は、焚火の熱がもたらしたものでないことだけは確かだった。
「良し、良し」
ソウが独り言のようにつぶやいた。
「この川、南に向かっているようだから、やはり行き過ぎていたのだね。テラ、ごめんよ」
ケンがテラに謝った。
「今まで通ってきた場所は、見たところずーっと高い山が連なっていたから、そこから村に行こうとしてたらたぶん大変だったよ。ここからなら川をたどって行けば良いのだから、かえって楽に帰れそうよ。大丈夫」
テラは笑顔でうなずいた。
翌朝、僕らは長く一緒に旅をした筏に別れを告げた。川を遡る新たな旅の始まりに、心が躍った。とは言え、コウとサイの姉妹、それにラウトにとっては初めての山登りだ。慌てて足を痛めないようにゆっくり進むことを心がけた。そんな訳で、つい走りがちなソウは真ん中にして、ケンが先頭に立ち、コウが並んで歩くことになった。その次にラウト、そしてソウの順番だ。もちろん、ソウの隣にはサイを付けた。これで文句を言われることは無いだろう。後ろから二番目にテラ、最後はもちろん僕だ。川のせせらぎを聴きながら、僕らは上機嫌に歩みを進めた。川沿いは人の通り道になっているらしく、木の根っこが顔を出している所があるものの、割合歩きやすい道となっていた。時折、鳥が飛び立つ音に驚かされながらも、山道に不慣れな三人も朝の山の空気を楽しんでいる様子だ。目の前を歩くテラも鼻歌交じりに軽やかな足取りで登っていく。この調子で村に行きつけると良いなと考えた時だった。急にテラが立ち止まったかと思うと、振り返って言った。
「リョウ、見てみて。稲が芽を出したのよ」
テラが差し出した竹筒の中からは、綺麗な緑色の葉が顔をのぞかせていた。
つづく
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離され島冒険記 (冒険小説)
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