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テラとソウの一家とそれに同調する人達が移り住んだ土地は、僕らの村を流れる川の、上流で二股に別れるもう一方の川沿いにあった。友人に案内してもらって辿り着いた時、村の女衆は川で洗い物をしていた。居並んで川に向かう人々の中にテラは母親の姿を見つけた。
「母さん」
テラはわき目も降らずに駆け寄ったのだった。テラと彼女の母親はゆっくり歩み寄り手を触れあうと、互いの身体をしっかりと抱き締めた。長き時の末に再会した娘と母親は、相手の存在を確かめるように見つめ合った。弟のソウは少し離れた所で二人の様子を見つめ続けた。ようやく気持ちが落ち着いたのか、彼らの母親は僕らの方を見た。そして、ソウに気が付くと驚きに息を飲み、立ち尽くした。
「母さん、只今帰ったよ」
ソウは母親に近づいていった。
「ソウ、無事だったのね。大きくなったね」
目の前に立つ息子の存在を確かめるように両腕に手をやりながら彼女は言った。
「ああ、母さんは少し小さくなったね」
村を出た時より大きくなった身体を少し持て余すようにしながら、ソウは返事をした。いつの間にか母親を見下ろすようになったことにソウ自身が戸惑っているようだった。
「母さん、新しい友達がいるの。それにほら、リョウとケン。ずっと一緒に助け合ってここまで来たのよ」
テラが言った。
僕の名前が出た途端に、テラの母親は表情を変えた。さきほどまでの喜びに満ち溢れた笑顔とは打って変わり、目が吊り上がった。そして、なんとも説明のし難い暗い表情になったかと思うと、鋭い目をこちらに向けてこう言った。
「何しに来た。お前などあっちに行ってしまえ!」
言葉だけでなく、足を踏み鳴らして威嚇するその姿に、一緒にいたラウト、コウ、サイの三人は後ずさりした。何事にも動揺することのないケンですら、困惑してこちらを見るのだった。テラの母親は、洗い物をする時に使う棒を持ってこちらに向かってきた。これでは一旦引き下がるしかない。
「とりあえず行こう!」
僕は他の4人の手を引いてその場を後にした。思いもしない出来事に、胸が大きく鼓動して苦しかった。
「母さん何するの。俺達が生きて帰って来られたのは、リョウ達のお陰なのだぞ」
母親をなだめようとするソウの言葉を背中で聞きつつ、僕らは元の村に向かって足早に引き返した。
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ケンの帰還は穏やかなものだった。もちろん彼の弟妹は大騒ぎしたものの、両親についてはあっさりとした出迎えとなった。息子を信じ続けていたのだろう。
「いずれ帰ってくると話していたのだよ。それより、村人から責められ続けていた君のお父さんが心配だ」
旅を良く知る彼の父親は、自分の息子のことより我が家の立場を心配して気遣いの言葉をかけてくれた。そして、旅先で仲間となったラウトを気に入って、受け入れることを承諾してくれた。
「今日のところは早く家に戻って、お父さんお母さんを安心させておやりなさい。ここへはまた遊びに来れば良いのだから」
ケンのお母さんも優しく言ってくれた。その上、沢山できたからと言って、アユの燻製を持たせてくれた。そのようにして、残ったコウとサイを連れて、僕は懐かしい我が家に帰って来たのだった。
友人が先に伝えてくれていたらしく、父母共に家の外で僕のことを待っていてくれた。挨拶もそこそこに、コウとサイを受け入れてほしいと僕は頼んだ。いざとなれば帰る場所のあるラウトと、どこにも行く宛ての無い姉妹の立場は違う。客人としてではなく、村の一員として認めてもらうことを望んだのだった。
「いずれ村で相談するから、先ずは中に入って休め」
父は言い、母は僕の話に何度もうなずきながら、目尻を拭うのだった。
その晩、僕らは炉を囲んで時を過ごした。ケンの家でもらったアユの燻製は、串にさして炉に並べられることとなった。万事先々まで行き届くケン一家の計らいに、心の中で感謝した。母さんはコウとサイに何かと世話を焼いた。ここでの言葉に未だ不自由な二人だったけれど、優しくされていると感じているのか、表情は柔らかいものがあった。母さんは大陸で言う所の美味しいという言葉を憶えた。そして、娘ができたようだと喜んだ。僕は大陸でクレからもらった剣を父に見せた。そして、鉄作りについて話をした。鉄というものが入って来る以上、この先、星屑石で村の生計を保つのは難しくなる。そのことを少しでも早く伝えたいと、旅の間ずっと考えていたのだった。時折炉に薪を足しながら、父さんは黙って話を聞いていた。
「大人になったな」
立ち昇る煙が屋根に消えていくのを見上げながら、父さんがぽつりとつぶやいた。
つづく
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離され島冒険記 (冒険小説)
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