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ケンの手がクレの石を一つ獲った。取り返すこともできるものの、別の所に一手置いてからでないと打てない取り決めである。クレにはその手がなかった。
「終わったな」
クレは自らの石に手を伸ばすことなく言った。
「終わりましたね」
ケンも同意した。
本来はここからお互いの境界を埋め、また、これまで取り上げた石で相手の陣地を埋める作業となる。しかし、二人は黙ったまま動かなかった。
「終わったの?今ならケンの勝ちだね」
それまで夜空を見上げていたラウトが唐突に言った。
その言葉に、クレの後ろに控えて勝負を見ていた数人の兵がどよめいた。
「無礼な!クレ様が負けるわけがない」
兵の内、最も偉いと思しき一人がいきなり剣を抜いてラウトに詰め寄った。
「やめろ。彼の言う通りだ」
クレの言葉に、周囲の人々は歓声を上げて大騒ぎを始めた。何人かの兵は動揺しつつも、人々が騒ぐのを収めようと散っていった。
「どうしてそう思うのだ?」
クレがラウトに問いを発した。
「星がそう言っている。王の間に攻め入る強い敵がいるんだ。王は今、力が弱い」
ラウトの言葉を聞いてクレは首を捻り、しばしの間考えていた。だが、一旦気持ちを勝負の結果に戻したのか、ケンに向かって話しかけた。
「四つか。追いつけなかった。強いな」
「とんでもない。私が後手でしたらここまで追い詰めることなど、無理でした」
周囲の騒ぎなどまるで感じないかのように二人は語り合った。
「ケンと言ったな。それから、そこの二人。このまま鉄炉に残ってはどうか。私の元で働いてほしい。悪いようにはしない」
唐突にクレが言った。ケンは驚いてこちらを振り返った。
「申し訳ありません。僕らは故郷に帰る途中なのです」
僕はクレに向かって頭を下げた。
「そうか、残念だが仕方がない。勝負に勝ったら好きなようにできるという約束だったものな」
クレは笑いながら言った。
僕は立ち上がってもう一度クレに頭を下げた。
「さあ、行こう」
クレがうなずくのを見て、僕はケンと元気になったラウトに声をかけた。ラウトはすぐに立ち上がった。しかし、ケンは途中まで立ち上がりかけた後に崩れ落ちた。
「どうした?」
ラウトと僕はケンに駆け寄った。
「疲れて立てない。白黒って、こんなに大変な勝負なのか」
ケンはそっくり返った後、立ち上がれないでいる自分の足を見ながら苦笑いした。
「ふん」
僕らのやり取りを黙って見ていたクレは、にやりと笑うと軽々と立ち上がった。そして、ケンの腕を取って引っ張り上げた。僕とラウトはケンを支えるべく両脇に周りって、脇に肩を入れて持ち上げた。
「さあ、行くよ」
僕はケンとラウトに声をかけた。そして、クレに向かってもう一度頭を下げた。
「ありがとうございます。お世話になりました」
崖に向かって向きを変えようとする僕らをクレは引き止めた。
「しばし待て」
そう言うと、クレは一人の兵を呼んだ。
「我が王家の紋の入った剣を四本持つように」
クレの指示に兵は走って剣を取りに行った。
僕らが呆然としていると、クレは自らの剣を鞘ごと腰から外すとケンに手渡した。
「我に勝利した者には剣をやる約束だったからな」
笑いながらクレは言った。すぐに兵が剣を抱えて戻って来た。
「先ほど、剣を折ってしまった奴、先に行った一番小さい者、それから、お前達の分だ」
クレが差し出す剣を僕とラウトは手分けして受け取った。ずしりとした剣の重みに、背中を痺れ走るのを感じた。
「あ、ありがとうございます」
クレは全てをお見通しだったのだ。あまりのことに戸惑いながらも、僕らはもう一度頭を下げた。
「さあ、行くが良い」
クレの言葉に、僕ら三人は支え合いながら段丘の崖を登る道の入り口に歩を進めた。
「兄、いや、王に使者を出せ。不応な動きがあるかもしれぬ」
兵に指示を出すクレの言葉を僕らは階段を登りながら聞いた。ふと空を見上げると河の下流が白々とし始めているのが目に入った。丸一晩の勝負だったのだ。眼下に広がる景色を見て、ようやく信じられる気分が込み上げてきた。ここ鉄炉を出て自由になれる。ついに故郷に向けて出発できるという事実を。
「クレ様、良いのですか?あのように簡単に奴らを自由にしてしまって」
ずっとクレについていた兵が恭しく片膝を地面につけながらクレに問うていた。
「私と対等に勝負することを簡単だというのか、お前は?」
「滅相もありません」
クレの問いかけに、兵は慌てて頭を垂れた。
「確かに、あれほどの勝負ができる相手は滅多にいるものではない。そのことを思うと少し残念だ。だが、ここを去る許可を与えはしたものの、自由にしたわけではない。私と同等の剣の使い手、戦術使い、星読み、そして度胸と統率力の持ち主。まれ人だとは思わぬか。そして、我が家紋のついた剣を受け取った以上、彼らは私の配下となった。つまり、勝ったのは私だ。わかったな!」
クレの表情は、寂しげな微笑みから元の強い目に変わっていった。
「はは!」
再度、兵は頭を垂れた。
「さて、王になにかあれば私の立ち位置も変わる。いつでも戦いに出られるように準備をしておけ!」
クレの発した言葉は鉄炉中に響き渡った。夜明けはすぐそこにまで来ていた。
つづく
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