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「あの峠を越えれば村だよ」
前方を指さしてコウとサイに説明したかと思うと、ソウが走り出した。いつも寝坊するソウが今日のこの時を待ちきれなくて夜明け前に目を覚ました。これ以上のんびりしていることなどできるわけがない。少し前、遠く水辺の向こうから村の存在を確かめてはいるものの、実際に足を踏み入れるとなると逸る心は抑えられるものではない。コウとサイの二人の姉妹はソウを追いかけるべきかどうか迷ったものの、ソウの姉であるテラの落ち着いた様子に安心したのかそのままゆっくり歩んだ。僕とケンは互いに顔を見合わせて笑った。
「ソウ、待てよ!」
初めて村を訪れることになるラウトが、いても立っても居られなくなって後を追いかけた。離され島と共に海に流されてから既に二度の冬が過ぎ去っていた。島での生活、海で巻き込まれた嵐、台風を避けて辿り着いた大陸、だまされて奴隷として行った鉄炉での剣作り、ケンが勝った一世一代の白黒大勝負。幾多の経験がリョウの頭の中を巡っていた。ふと気が付くと、ソウとラウトは峠を越えたらしく、姿が見えなくなっていた。
「ケン、僕らも行こうよ!」
僕は、いつもと変わらず物静かなケンに声をかけた。
「リョウ、うん。行こう!」
ケンと僕は、競い合うように駆け出した。本当は真先に走り出したいはずのテラだったが、山道に不慣れなコウとサイに気を使ってゆっくり歩いてくる。僕は少しでも早く村を見て、変わっていないであろうその姿について大声でテラに伝えたい気持ちに溢れていた。そのために足運びも自然と速まるのだった。僕らの村の背後に大きくそびえる山々の頂上が、一旦、地平線に沈んだかと思うと、より大きな姿となって現れた。ついに、本当に戻って来たのだ。普段、感情が顔に現れることが少ないケンの表情にも、はっきりとした喜びが見て取れた。峠の先で、ソウとラウトが立ち止まっている。僕らは先を行っていた二人に一気に追いついた。
「ソウ」
肩を並べてソウの顔を見る。想像していた笑顔はそこには無かった。僕とケンは眼前に広がる村に目をやった。そこには以前の半分にも満たない、家屋の減った廃れた村があった。
「俺の家が無い」
ソウが口を開いた。僕はソウとテラの家を探した。あるはずの場所に地面の凹みだけを残して二人の家は無くなっていた。初めて村を見るラウトは、戸惑いながらソウと僕を代わるがわる見比べるしかなかった。テラがコウとサイを連れてようやく追いついてきた。僕は彼女の反応が怖くて下を向いた。
「私の家が無い」
テラが呆然として言った。コウとサイは不安になったのか、互いの手を繋いでいた。
「リョウ、どういうこと?」
テラの問いに返す言葉が無かった。僕はいつものように何か良い案が無いかと右隣を見たが、そこにはただ村を眺め続けるケンがいるだけだった。
「先ず村に行ってみよう」
僕は皆に声をかけた。全員うなずいて歩き出した。緩い下り坂を進むと少しずつ村が近づいてくる。立ち話している若者が二人、気配に気が付いてこちらを振り向いた。一瞬身構えたが、すぐに僕らが誰なのか気が付いた。僕の友人だった。うさぎを獲る為に仕掛けた罠の見回りに、一緒に腰まである雪の中を歩いた日々が記憶の底から甦ってきた。
「リョウ、リョウじゃないか!無事だったのか!」
二人とも慌てて駆け寄って来ると、皆を見渡して言った。
「ああ、何とか帰ってきたよ」
僕はほっとして返事をした。
「どうしていたのさ?」
「詳しい事は後で話すよ。それより、テラとソウの家と、他にも沢山家がなくなっている。どうなっているの?」
二人の質問を遮って、僕は尋ねた。二人はテラとソウ、そして僕の顔を見比べたかと思うと、相手に言ってほしそうに互いを肘でつつき合った。
「いいから教えてくれよ」
もう一度言うと、二人はあきらめたように話し始めた。
「お前達の親が完全に仲違いしたのだ。テラとソウのお母さんが、村人全員の前でリョウのお父さんをなじったのだ。二人の子供を見捨てた。死なせたとね。リョウのお父さんは黙って言われるままだった。テラの家はいろんな家族を引き連れて出て行った。村は二つに割れてしまった」
テラ、ソウ、ケン、そして僕の四人は、想像すらしなかった話に言葉を失った。苦難の旅の中で僕らを慕ってついて来てくれたコウとサイ、そして、ラウト。途方に暮れている僕らの顔を見つめ続ける三人の視線が痛かった。
つづく
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