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食事をしながらその日にあったことを三人で話しあった。ケンは僕が見たことについて納得がいくまで細かく質問するのだった。僕らの中で鉄作りから剣に仕上げるまでの手順がおおよそまとまった。もちろん工程の中には炭焼きやら鉄鉱石と石灰の運搬、はたまた炉の中に溜まるごみの取り出し等、雑務というべき仕事も沢山ある。だけれども、鉄作りから剣に仕上がるまでの手順はそれほど複雑ではなかった。その手順とはこうだ。
最初の鉄炉に火をくべる。鉄鉱石と炭を交互に投げ入れ、鉄がドロドロになるまで溶かす。溶けた鉄を鉄炉から出し、運びやすい大きさ毎に枠に入れて一旦冷ます。出来上がった鉄は硬すぎて折れやすいので、炭と石灰を併せて次の鉄炉であらためて溶かす。溶けた鉄を粘土でできた剣の型に流し込んで再び冷ます。冷めたら剣の刃先を鋭くなるまで研ぐ。研ぎが終わると刃先を硬くする大事な作業だ。先の二つはの炉は高い所に口があり、そこから材料を入れるのだけれど、最後の炉は僕らの膝ほどの高さで大きく口を開け、中では大量の炭が真赤に燃えている。その上に剣先を置き、溶けない程度に熱する。そして剣が明るい朱色に輝くのを見計らい、脇に置いてある水桶に浸して一気に冷ます。これで剣は折れにくく切れやすい状態に仕上がるのだ。後は見た目と切れ味を細かく調整して完成となる。
ここで行われる仕事全体の流れは把握した。後は良い剣にする上で大事な屑鉄の取り除き方や、鉄を熱した時の色の見極めが判れば、後々自分達の村に帰ってからも何とかなりそうだ。
ある程度鉄炉での仕事が身についたと安堵してからは、夕食後となると僕とケンは白黒勝負で過ごすことが多くなった。とは言え二人で戦うのではない。白黒を楽しむのは僕一人で、ケンは僕が勝負しているのを横から見ているだけだった。何度か誘ったものの、見ている方が良いと勝負を拒否するのだ。そうこうしている内に、僕が戦う相手が揃って度々ずるをすることにケンは気が付いたのだった。僕が夢中になっているからか、相手はいつの間にか自分にとって都合の良いように石を動かしたり、石を隠したりしていると言う。そのことに気が付いて以来、ずるを見つけた時の合図を決めて、ケンが僕にこっそり知らせるようになったのだった。そうして僕は少しずつ白黒勝負に強くなっていった。強くなった理由もケンにある。彼はただ見ているだけで僕と相手が交互に繰り出す手順を全て憶えてしまうのだ。僕らはケンが憶えた手順を元に、負ける度に原因を探っていったのだった。
「本当はケンが勝負した方がずっと強いのではないかな?」
ある夜の帰り道、僕は思っていたことをケンに訊ねたのだった。僕の質問に、そんなことはないとケンは笑みを浮かべて首を横に振った。
「ただ、ずるの見分け方だけはリョウより上手いのかもしれないね」
ケンは笑った。
「うーん、疑うということを忘れてしまうからさ」
僕が苦笑いするとケンは話を続けた。
「わかるよ、リョウ。それが君の良いところさ。でもここに来ることになったきっかけを憶えているだろう?あの屋台の人達は僕らをだましたのだ。そう、僕らの村やラウトの島のように、誰も彼もが見知った場所では滅多に起こることではないよ。でも色々な人がごった返すここ大陸にはいるのだ。相手をだまして得をしようとする輩が。しかも沢山ね」
僕は何も言い返すことができなくて、ただケンの話を聞くしかなかった。
「君の白黒の相手は、最初からいつずるができるかと狙っている人ばかりだものな。それをやっつけるのが面白いと言えばそうなのだけれどね」
ケンは笑いながら言った。だが、その笑顔はすぐに真顔になった。
「クレ」
ケンはつぶやくと立ち止まった。
「ここの人達はほとんど皆ずるいことをする。でも鉄炉の全てを仕切るクレだけは…、彼の強さは本物だ」
僕もケンもクレが負けるのを一度として見たことがない。もちろん相手が気を利かせてわざと負けているわけでもない。そのくらいは僕らにもわかる。白黒だけではなかった。鉄作りから剣の仕上げまで、鉄炉での作業の中で僕らは無駄を感じたことがない。
「底が知れない。怖いな」
いつになく弱気なケンの様子に、僕は戸惑っていた。
クレの住まいは僕らの共同住居とは違い、鉄炉の真ん中を更に土壁で覆った中にあるのだった。白黒の興が乗る頃になると土壁に一つだけついた扉が開き、兵を連れたクレが中から出てくる。周囲に緊張感をもたらすその光景を僕らは何度も見かけたものだった。そんなことを話しながら再び歩き始めた僕らの耳に、ソウの笑い声が響いたのだった。
「サイ、待ってよ!」
笑いながら逃げ回る女の子をソウが同じく笑いながら追いかけているのが目に入った。
「ソウ、何してるのさ?」
思わず僕は大きな声を出してソウを呼んだ。
ソウと女の子はびっくりしたように立ち止まると、揃ってこちらを振り返った。女の子は小柄でソウよりはわずかに幼く見えた。
「ありゃ!見つかってしまった」
ソウは罰の悪そうな顔をして舌を出した。
「サイという名なのだ。お姉ちゃんと一緒に働いている子さ。可愛いだろう?」
ソウは女の子の方を何度も見返しながら言った。女の子はソウの後ろに隠れるようにしてこちらを見ている。ソウの様子からすると、どうも彼女のことを好きになったのかもしれない。考えてみれば、ここに来てからのソウの言葉の上達には目を見張るものがあった。この子と仲良くなりたい一心で、懸命に言葉を憶えたのかもしれない。僕がそんなことを考えていた時だった。
「サイ、いつまで遊んでいるの?そろそろ帰っていらっしゃい」
別の女の子の声がした。振り返ると、テラともう一人女の子がこちらに向かって歩いて来るところだった。
「あ、コウだ!サイのお姉ちゃんなのさ。似ているだろう?」
ソウが言った。確かにサイとコウはよく似た二人だった。コウはテラより一つ二つ下、サイはコウより少しだけ下に見える。大人ばかりのこの鉄炉で数少ない子供同士。そして同じような年頃のソウとサイは気があったのだろう。可愛い女の子との出会いに舞い上がるソウの気持ちもわからなくはない。
「詳しいことは明日聞くことにするよ。今夜はもう遅いから帰って寝るとしよう」
僕はテラと二人の姉妹に目で挨拶をした。そして、ソウとケンの腕を軽く叩いて歩き出した。つまらなそうについてくるソウ。ふと、立ち止まったままのケンに僕は気が付いた。
「ケン、行くよ」
振り返った僕の目に、呆然としているケンの姿が映った。大きく開かれたケンの瞳は、吸い寄せられるようにコウを見つめているのだった。
つづく
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離され島冒険記 (冒険小説)
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